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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 夏(前) 恋する連隊
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005

 突然の訓練中止から、その理由に半信半疑のまま戻ってきた兵たちは、そこで待っていたサクヤを見つけるなり、嬉しそうに駆け寄った。

「うわぁ! 本当に連隊長だ! おひさしぶりでっ!! ごほっ! げっほ、げほ!! もっ、もうしわけありませっ……!」

 そして、次々と咽てゆく。

 呼吸が整う前に大声を出したのだから、当然ではある。中にはヒューヒューと喉を鳴らしながらも、必死にサクヤへ声を掛けようとする者までいた。

 仕方なく、サクヤは彼らが落ち着くまで「静かにしていなさい!」と命令し続けなければならなかった。彼らはそれに、何処までも嬉しそうに従っていた。


 楽にしていいからとサクヤが言うと、くたくたになっていた兵たちは一斉に地面に突っ伏した。死屍累々といったその有様に、彼女は彼らと一緒に戻ってきたコウへ振り向いた。

「榛名大尉……これは少しやり過ぎなのでは?」

 部下の前でもあるし、相手は軍務中なので言葉遣いは将校に対するものだ。それにコウもまた、普段ミツルに接する時以上に丁寧な口調で応じた。

「いいえ。あれくらいの演習もこなせなければ、実戦では生き残れません」

 そう返す彼の呼吸はもうすっかり整っている。というよりも、演習中ですら息一つ上がっていなかったのだが。


「それにしても、本当にお久しぶりであります。木花連隊長」

 そのコウの横で、誰よりも早く復活した瀬尾がサクヤへ声を掛けた。

「ええ。久しぶり、瀬尾曹長。相変わらず、苦労しているようね」

 笑みを浮かべながら、慰めるように答えたサクヤへ瀬尾は溜息混じりに言う。

「はい。そうなんですよ。それに訓練だけならまだしも、大尉殿には非番の時まであっちこっちに連れまわされていまして……」

「おい、瀬尾ぉ。てめぇ、何だ。何か文句でもあんのか?」

 自分についての愚痴を言われたコウが、彼の首に腕を回すと絞めるよう力を込めた。

「や、やめてください、大尉殿! 連隊長、助けてぇ!」

 苦しそうにサクヤへ助けを求める瀬尾。

ともに戦場へ赴き生還した、鋼の信頼で繋がれている将校と下士官というよりは、仲の良い先輩と後輩のような二人のやり取りに、変わらないなぁとサクヤは口元を緩めた。


「しかし、突然でしたね。木花少佐」

 最後の戻ってきたミツルが、寝転んでいる兵たちに何か言いたげな目を向けながらサクヤに近づいた。

「ええ、ごめんなさい。邑楽大尉。こんな騒ぎになるとは思わなくて……事前に知らせておけばよかったかしら」

「あー、いえ。その方がむしろ、騒ぎは大きくなったかと」

 申し訳なさそうに言った彼女へ、ミツルは苦笑いを浮かべながら答えた。

 もしも、今日サクヤがここへ来ることが事前に分かっていたら……恐らく、祝宴の準備でもおっぱじめたことだろうなと、兵たちを見回しながら考える。

「まぁ、元々、我が中隊は訓練のやり過ぎではないかと大隊長から小言を言われている始末なので。それにこういうことは、予期していなかった分、余計に嬉しいものですよ」

「良かった。ふふ、それじゃあ、奇襲は成功ね」

 ほっと胸を撫でおろしたサクヤは、改めて兵たちの方へ視線を向けた。くすくすと笑いだす。何人かが、彼女の気を引こうとおどけた表情や仕草をしているからだった。

「木花連隊長……連隊長から、お二人に言ってもらえませんか? 訓練がきついのはまぁ仕方ないにしても、それがほぼ毎日続くとなると……」

 近くにいた兵の一人が、そんなことをサクヤへ頼み込んだ。

「ほう……香川上等兵。貴様、兵の分際で中隊の訓練計画にケチつけるのか。まだ走り足らんらしいな」

 それにコウが押し殺した声で唸る。香川と呼ばれた兵は、ちらと彼を見てからサクヤに向かって肩を竦めた。

「ほら、聞きましたか、連隊長? ちょっと口ごたえしたら、すぐにこうなるんです」


 それはおよそ、兵卒如きが将校に対してとってよい態度では決してないだろう。

軍隊とは階級による上下関係をどこまでも厳格に区別する。その中で、そもそも兵は将校の前で自由に口を開く権利すら与えられていなかった。

 だが、この場にいる誰もが、そんなことを気にしてはいない。

 何故ならば。サクヤの率いた第587連隊では、それが当たり前だったからだ。

 相手の階級に対する最低限の敬意さえ払えば、サクヤは下士官兵たちが上官に対しても砕けた態度で接することをむしろ奨励していた。

 それは将校といえど、決して万能ではないと誰よりも承知しているからだった。

 人間である以上、間違いを犯すこともあれば、重大な見落としをすることもある。そうした際に、普段から気心の知れた関係を築いておけば、下士官や兵も臆することなくその点を指摘できる。そう考えたのだ。

 だから、そんな第587連隊の伝統ともいうべき風習が未だに健在であることを知って、サクヤは小さく安堵していた。



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