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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 夏(前) 恋する連隊
59/205

004

 将校も下士官も兵も、階級の区別なく自分を取り囲む彼らに律義に応じていたサクヤは、やがて思い出したように口を開いた。

「ところで、第五中隊の隊舎はどこかしら?」

 それを聞いた者たちの顔が、一斉に曇る。ちらちらと目配せしあっている中から、一人の軍曹が進み出た。

「あー、その。第五中隊は、演習場の方へ行ってみれば、見つかると思います」

 そう答えた彼の顔は同情に染まっていた。サクヤは頷いた。

「なるほど。訓練幕僚が張り切っているようね」

「張り切っているというか、まぁ……」

 事情を察した様子の彼女に、軍曹は言葉を濁していた。


 相霞台練兵場は、帝国陸軍が有する中でも特に広大な面積を誇る演習場である。帝都南西部に広がる山野のほとんどを敷地内に収めており、これ以上となると北道の大演習場くらいだった。

 そんな演習場の、夏草茂る平原を武装した兵の一団が駆けていた。


「ばっか野郎!! 誰が膝ついて良いって言った!? さっさと銃持って走れこの薄ら馬鹿が!!」

 前方を駆ける兵たちを猟犬のように追い立てながら、榛名コウ大尉が怒声を張り上げた。

「よ、夜中に突然叩き起こしておいて、明け方まで山の中を散々駈けずり回された挙句、完全軍装のまま行軍訓練なんてめ、滅茶苦茶ですよ」

 その横をひいひい言いながら併走している若い曹長が、泣き言を漏らす。

「なぁにを、弱音吐いてんだ、瀬尾ぉ?」

 それを聞きつけたコウが殺意に漲る声で唸った。

「走りきったら、次は小隊ごとに分かれて戦闘訓練だぞ? まだまだ弱音吐くには早いんじゃねぇのか、あぁん?」

「ひぃい……!!」

 瀬尾は上官からの脅迫染みた言葉に、本気で泣き出しそうな悲鳴を上げる。

 彼はサクヤと同い年の十九才で、大戦時からコウの右腕のように扱われてきた下士官だった。少し気弱なところのあるこの青年は、コウの荒い気性を上手く抑えて部隊を纏めるのにずば抜けた才能を持っている。……のだが。

「膝が震えて、腕が上がらなくなってからが本番だ。いいか? 今、もしも何か事が起こったらな、俺たちを指揮するのはあの大天才、木花サクヤ連隊長ではなく、どこぞの耄碌ジジイなんだぞ?」

 だから、どんな地獄からでも帰ってくれるように訓練してやっているのだと、瀬尾を諭すようにコウは言った。

 それは瀬尾にも分かる。

 確かに今、軍には使える輸送車も、馬車もない。戦車すらない。有事となれば、最後の最後で頼れるのは自分の足だけだ。

 それは分かるのだ。たぶん、コウに駆り立てられている兵たちも分かっている。

だが、いくら何でもこれはやり過ぎだというのが、彼らの正直な思いであった。


「よーし、そろそろいい頃合いだな」

 明らかに足の動かなくなってきた兵たちを見て、コウが満足そうに言った。

「そんじゃあ、小隊に分けて……」

「いや、訓練幕僚。今日のところはこの辺で終わりにしてみないか」

 楽しそうに次の指示を出している彼を、何処からか現れた邑楽ミツル大尉が遮った。

「どうしたんです、中隊長」

本来なら、演習中の部隊を見下ろせる位置に設置された簡易指揮所にいるはずの中隊長がわざわざやってきたことを疑問に思いつつも、コウは不満そうな声を出す。ようやく足を止められた瀬尾が、その後ろで安堵したように息を吐いていた。

「なにかあったんですか? 中隊の訓練計画とその実行については、自分に一任されているはずですが」

 邪魔するな馬鹿野郎を丁寧な言葉に置き換えて言っただけのコウへ、ミツルはふっと笑みを漏らした。

「我が中隊にな、お客人だ」

「客ぅ?」

 回りくどい彼の返答に、コウは忌々しそうに唸った。

「残念ですが、中隊長。ここまでやった演習を途中でやめるのは……」

 訓練を中止する気はさらさらない様子の彼に、ミツルは思い出したように告げた。

「ああ。お客人はな、木花少佐だ」


「中止だ、中止!! 撤収――!! 瀬尾ぉ!! あいつらの前まで行って、呼び戻して来い!!」

「了解であります!!」


 サクヤの名を聞いた途端、散々渋っていたことが嘘のようにあっさりと手のひらを返したコウの命令に、それまでの会話を聞いていた瀬尾は即座に従った。さっきまで膝を震わせていたはずが、弾かれたように駆けだすと、まだ走り続けていた中隊にあっという間に追いついて行く。

「まだまだ、走れるじゃないか……」

 その背中に、ミツルは呆れた声を漏らしていた。



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