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大きな入道雲が、紺碧に映えていた。
しとしとと続いた雨季が去り、初夏の溌溂とした陽光が輝く蒼穹の空の下、木花サクヤは、下手くそな鼻歌を歌いながら千年桜の丘を登っていた。
春に来た頃と比べて、ずいぶん背の高くなった青草をかき分けて頂上へ辿り着くと、そこには千年桜の巨大な樹体が聳えている。薄紅の花弁をすっかり散らせ、代わりに濃緑の葉を枝いっぱいに茂らせているその様は、或いは今こそ、この老木が生命の絶頂にあるのではないかと思わせるほどの力強さに満ちていた。
千年桜の傍らで足を止めたサクヤは、その太い幹に寄り添うように片手をあてた。丘を吹き抜けてゆく風に誘われるように、この桜の木が千年に渡って見守り続けてきた帝都の街並みへと目を向ける。
この国の元首、天神一系にして神聖不可侵たる帝主が住まうこの帝都では、帝宮を見下ろすことのできる位置に建物を建てることが許されていない。そのため、ここだけが唯一、帝都全体を見渡すことのできる場所だった。
サクヤは時折々にこの場所を訪れては、こうして千年桜の傍らで帝都の街を眺めるのが好きだった。赤子だった自分が拾われたというこの場所から見る景色は、不思議な安心感を与えてくれる。
いくらか蒸し始めた夏の空気を払うように、一陣の風が丘を駆け抜けた。
千年桜の梢とともに、サクヤの長い黒髪がそよぐ。
もうすぐに、本格的な夏がやってくる。
それは戦後二年を迎えた帝都の、波乱に満ちた一夏の始まりであった。
続きは明日!




