第五十三話
参謀総長執務室から廊下へと出たソウジは、怒りのままに練石の床を蹴っていた。
畜生。畜生め。
何が、“大人の役目”だ。
奴らが考えているのは自分たちが死ぬまでの安泰だけだ。その後の事なんて、ちっとも考えちゃいない。
腸を煮え繰り返しながら、しかし今の彼はマレミツに、議会に従うより他になかった。
少しでも反抗的な意思を見せれば、彼らはソウジからサクヤの監督権を取り上げるだろう。そうなれば、サクヤがどう扱われるか。
国家が英雄という存在をどう扱うかなど、少し歴史を学べば分かることだ。為政者の玩具になり、用が済めば捨てられる。よく言って、そんなところだろう。
サクヤを、そのような歴史上の英雄たちと同じ末路を辿らせないために、彼は議会と取引をしてまで彼女の監督権を手に入れたのだ。
そして、戦争が終わってしまえば、サクヤの作戦家としての能力よりも軍政面で長けたソウジの才能の方が有益だったからこそ、議会はその取引に応じた。
つまり、彼はサクヤの監督権と引き換えに自らの自由を売り渡したのだ。
しかし、彼の才能は唯一無二のものでもない。あれば便利だが、なくても別に困りはしない道具。それがソウジの限界でもある。
もしも彼が、自分たちの思い通りにならなければ、代わりに英雄という玩具が手に入る。議会にとっては何らの損失もない取引。
無論、それはソウジにも分かっていたことだ。
分かってはいたが。畜生め。
自室へと戻ったソウジは、乱暴に執務机に座った。その拍子に、先ほど提出してきた報告書の写しが一枚、はらりと足元に落ちた。
あの街。
ソウジは深い憧憬と共に、その光景を思い出した。
あそこは、俺たちが思い描いた戦後の祖国そのものだった。日々の生活は苦しくとも、確かに希望のある未来。
しかし、それは今の帝国では許されていない。
そして自分は、むしろその理想を取り締まる側にいる。
畜生。
ソウジは奥歯を噛み締めた。己の無力さが、あまりにも歯痒かった。
畜生。俺は、俺たちは。木花は。
断じて、こんな平和のために戦争を終わらせたんじゃない。




