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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第一章 春(後) 開拓村視察任務
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第五十二話

「……まぁ良い」

 ソウジへ厳しい目を向けていたマレミツが、唐突に興味を失ったように呟いた。報告書を机の上に放り投げて、長椅子に沈み込む。

「この報告書は議会に提出する。そこで、何らかの手が講じられるだろう」

「何らかの手、とは?」

 ソウジは感情を排した声で尋ねた。

「さて。責任者の更迭といったところではないか」

 マレミツはどうでも良さそうに応じた。

「あの村に住んでいる者はどうなりますか」

 さらに聞き返したソウジへ、彼は面倒そうな顔を向けると言った。

「それを考えるのは軍人われわれの仕事ではない。が、まぁ、彼らには然るべき処置が与えられるだろう」

「然るべき処置、ですか……しかし、本当に彼らは保護を必要としているのでしょうか?」

 ソウジはあの街の光景を思い起こしながら言った。

「何を言っているのだ、中将」

 驚いたようなマレミツの声が響く。

「あの街には、ほとんど子供しかおらんのだぞ? 議会が介入するのは当然ではないか。彼らは今、あの前首相の一人娘に騙されて、若さに任せた馬鹿騒ぎをしておるだけだ。この先、いつか破綻することなど目に見えておる。若い頃は誰でも、自分には何でもできると錯覚することがあるからな。だが、それは幻想に過ぎん。これは保護ではなく、庇護なのだよ、中将。そうした過ちを正し、子供たちの将来を考えてやることも、“大人”の義務ではないか」

 長々とした台詞を言い切った彼に、ソウジは思わず拍手を送りそうになった。

 子供たちの未来を、か。

 大した慈悲深さだ。では、なぜこどもたちは戦場に送り込まれたのかな。


「まぁ。議会は今、夏に予定されている祝典の準備で紛糾しておるからな。手が打たれるのは早くとも秋ごろになるだろうが……さて、報告はもうよい」

 話を切り上げるように、マレミツは立ち上がった。自らの執務机へと向かい、その横の壁際に置かれていた棚の中を漁る。

「一杯どうだね、中将」

 振り返った彼の手には、琥珀色の液体で満たされた瓶と硝子碗グラスが握られていた。

「いえ。職務中なので」

 ソウジは制するように手の平を見せて答えた。

「では、出て行け」

 マレミツは酒瓶を握ったままの手で、部屋の出口を示した。


 ソウジが退室した後。マレミツはしばらく、彼の出て行った扉を無言で睨みつけていた。

 やがて、憤然と鼻を鳴らして手にしていた硝子碗を机に叩きつけると、音を立てて酒を注いだ。それを一気に呷り、熱ささえ感じられるほど強い酒精と共に息を吐きだす。

 まったく。

 募る苛立ちをどうにかしようと、二杯目を注ぎながら彼は思った。

 上官からの酒の誘いを断るなど。以前の帝国陸軍では考えられなかった。

 いや、これは誘いではなく、命令と受けとるべきなのだ。そもそも、酒の一杯や二杯で仕事が手に付かなくなるなど、帝国男児として言語道断ではないか。

 あの若造。何を勘違いしているのか知らないが。

 議会も議会だ。あのような者に、中将などという地位をくれてやるとは。それは本来、何十年もの歳月を国家へ捧げて初めて、手に入れられるものなのだ。

 少しばかり戦争で手柄を立てただけの青二才に暮れてやって良いものでは決してない。

 そもそも、あれは男としても出来損ないだ。

 そんなにもあの小娘へ思慕の情を寄せておるのなら、さっさと手籠めにでもしてしまえばよいものを。知己である己の言うことにならば従うだの、暴走を抑えられるだのと議会を説き伏せて手に入れた監督権が無ければ、逢引の一つもできぬとは。なんと情けない。


 二杯目もあっという間に飲み干したマレミツは、特注して作らせた執務椅子にどっかりと音を立てて座った。座部を回転させて執務机に背を向けると、そこにある大窓から外を眺めた。

 そこからは、参謀本部前の広場が見える。今は閑散としており、一台の戦車が打ち捨てられたように停まっていた。

 やはり、ここにはわしが求めるものなど何も残っていない。

 酒臭い息を吐きだしながら、マレミツは嘆いた。

 かつて切望していた参謀総長の座に就いたにも関わらず、今の彼は軍に対する一切の興味を失っていた。

 極東最強、最精鋭と謳われた帝国陸軍の面影が、今や無残なほどに残っていないからだった。

 眺めているだけで全身の血が滾った、完全武装に兵士たちによる勇壮なる整列はどこかへ行ってしまった。残っているのはようやく少年から抜け出したばかりの子供だけ。その見てくれは敗残兵のように惨めだった。

 帝国陸軍の粋を集めて開発された戦車もなくなってしまった。砲塔を並べ、戦場を疾駆するはずだった鋼鉄の騎兵たちは今、その多くが廃棄されるか燃料不足のために動かすこともできず、倉庫の中で埃を被っている。

 新たな時代の戦争で主役となるはずだった航空機も同じような有様だ。


 それもこれも、奴らのせいだ。

 マレミツは自分でも何杯目になるのか分からない酒を呷りながら、罵るように思った。

 あの若い、若すぎる中将と、貧相な小娘が持ち帰ってきた定数割れの一個連隊が、今の帝国陸軍が持ちうる最大の戦力などと。

 何たる様だ。

 それも、今の陸軍の主任務は帝都の治安維持と来ている。そんなものは邏卒の仕事だ。軍隊の仕事ではない。だから、若い連中に過剰な権限を与えることについて、わしは反対していたのだ。

 くそ。なぜ、奴らは勇ましく戦死しなかった。命を惜しむような者が、御国に真の奉公などできるものか。教育だ。教育が悪い。年齢に不釣り合いな権限を与えて、甘やかしたからだ。結果、出来上がったのは酒を飲まなければ煙草も吸わない、恋の一つすらまともにできない腑抜けではないか。

 ああ。なんと情けない。

 酔いが回り、次第に支離滅裂となってゆく思考の中で、マレミツはそう嘆き続けていた。

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