第四十九話
「おや。早いな、木花少佐……どうした?」
開拓村本部から場所の下へ戻ったソウジは、そこで死人のような顔をしたサクヤを見つけて声を掛けた。
「あ。御代中将。いえ、なんでもありません」
ハッとして顔を上げたサクヤは、微笑みを作るとそう答えた。ソウジは思わず、ため息を漏らしてしまう。
「まったく。君は時に、将校として完璧に過ぎる」
「閣下にそう仰っていただけるのなら、小官の努力も無駄ではありませんでした」
変に堅苦しい口調で彼女は答えた。先ほどの顔を見れば、何かあったことは間違いないだろうが、自分も今しがた、散々にやられてきたばかりだからか。ソウジはその理由を聞きだす気にはなれなかった。
「では、帰るぞ、少佐。また馬車に揺られてな」
まったく、楽しい旅路だと皮肉を漏らす彼に、サクヤは無言で従った。
帝都へ帰りついたのは、すっかり日も沈みきった頃合いだった。
二人を乗せた馬車は士官学校の前で止まった。ソウジは参謀本部へ戻る前に、サクヤを下宿先まで送って行くつもりだったのだが、彼女がここで良いと言ったからだった。
「では、報告書は早めにまとめて提出してくれ」
別れ際、馬車を降りたサクヤへソウジが言った。
「はい。明後日までには」
やや疲れた顔のサクヤが答えると、ソウジは気遣うような声を出した 。
「大丈夫か?」
「少し、疲れただけです」
「そうか」
短いやり取りの後、それではとお互い敬礼を送り合って二人は別れた。
参謀本部へ向かう途中、小石でも踏みつけたのか馬車が大きく揺れる。しまった、ここからは歩いて行けばよかったと、ソウジは痛む尻に顔を顰めた。
馬車を見送ったサクヤは、そのまま自分の教官室へと急いだ。
すでに消灯時間は過ぎているが、夜の当直に就いている者へ官姓名を告げれば校内には入ることができる。校舎の中は静まり返っていた。そこを足早に抜けて、教官室へ飛び込む。後ろでに引き戸を締めて錠を落とすと、手にしていた鞄がどさりと床に落ちた。
窓から差し込む月明かりに淡く照らし出された室内で、サクヤはか細い息を漏らしながら瞑目した。脳裏では洪水のような勢いで、今日の出来事が思い出されている。
かたかたと膝が震え出した。心を縛り付けていた緊張が緩んでしまったのだろう。震えはあっという間に全身へ広がり、立っていられなくなったサクヤは扉に背中を押し付けながら、ずるずると床へ崩れ落ちた。
活気に溢れた開拓村。子供たちの街。それは、サクヤたちが夢見た平和そのものだった。
しかし。
両手を押し付けた瞼の裏に、七倉ヤトの顔が浮かんだ。突然の告白。あの時の、彼の目。
大戦中に何度も見たことがある。戦うことだけを望む。そんな人間の瞳。
そして、佐伯中尉。
サクヤが指揮を執っていた第587連隊で、弟を失ったという。
分かっていたはずなのに。どれだけ恨まれることになるのかくらい。
覚悟していたはずなのに。その責任を取ることを。
それでも、戦争が終わればと願って。
けれど、あの時の自分は一つだけ理解していなかったのだとサクヤは思った。
戦争が終わった後の世界で生きてゆくということを。
分厚い雲が月を隠してしまい、部屋の中が真っ暗になった。
その闇の中で。
「ごめんなさい」
膝を抱え込んでいたサクヤの口から、そんな言葉が漏れた。
「ごめんなさい、ごめん、なさい……」
額を膝に擦りつけながら、小さな、震える声で何度も繰り返す。
けれど。どれほど謝っても、彼女が許しを乞う者たちはもう誰一人、この世にはいなかった。




