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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第一章 春(後) 開拓村視察任務
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第四十五話

 生真面目なそうな面立ちをした、軍服姿の男がそこには立っていた。やはり、襟元には中尉の階級章が縫い付けられていた。歳はサクヤよりも二つか、三つほど上に見える。恐らくは開拓部隊の一人なのだろう。

 振り返ったサクヤの顔を見た途端、彼ははっきりと表情を強張らせていた。

「これは……木花大佐殿。いえ、今は少佐殿でしたか」

 酷く堅苦しい声で彼は言った。

「ええ。初めまして、中尉」

 サクヤは努めて丁寧な言葉遣いでそれに応じた。

佐伯さえきです」

 彼は短く名乗った。名前は言わなかった。それでも、サクヤは頷いた。

「木花サクヤです。よろしく、佐伯中尉」

「はい。よろしくお願いします」

 佐伯は敬礼をした。サクヤは素早く答礼を返した。

「このような所で、いったい何をなさっているのですか?」

 手を下ろすなり、彼は尋ねた。何かを押し殺しているような声だった。

 その足元にいた幼い兄妹も、何かただならぬ気配を感じ取ったのか。不安そうな顔で佐伯とサクヤを見比べている。

 そんな二人へ、佐伯は少しぎこちないが優しさのある笑みを向けて言った。

「ほら、お前たちはもう戻りなさい。きちんと、勉強するんだぞ」

「う、うん……」

「は、はい……」

 言われるがまま、幼い兄妹は手を繋ぎ、そそくさとその場を後にした。時折、尋ねるような顔で振り返る二人の小さな背中を、サクヤは取り残されるような気分で見送った。


「……そういえば。視察が来ると言っていましたか」

 兄妹が去った後、佐伯が静かに口を開いた。

「それがまさか、貴女とは」

 言って、サクヤに向けられた彼の顔にはもはや、慈悲の欠片もない表情が浮かんでいる。その感情の正体が何であるのか。サクヤは教えられるまでもなかった。

 それは敵意であり、憎悪だった。

 お前とは決して相容れないという確信に満ちた瞳で、彼はサクヤを見つめていた。

 何故、などとサクヤは疑問を抱かなかった。

 恨まれる理由も、憎まれる理由も。幾らでも思いつくから。

 だからきっと彼は。そのどれか相応しい理由を持って、自分を憎悪しているのだろう。


「戦争では、お疲れさまでした。少佐殿」

 岩よりも無感動な声で、佐伯は労いの言葉を口にした。

「欧州戦域は、自分のいた南方と違って連日連夜、激戦続きだったと伺っています」

「何をもって激戦と称するかですよ、中尉。南方戦域では、熱帯症で多くの将兵が苦しんだと聞きます」

 サクヤがそう返すと、佐伯は「ああ、あれには参りましたね」と呟いた。一瞬、その瞳から憎悪の火が消えて、断崖を覗き込むような虚ろさが宿る。

 誰も彼もが、病を患っている。サクヤはそう思った。


「ところで、少佐殿」

 我に返ったらしい佐伯が唐突にサクヤを呼んだ。すでに、目には新しい炎が燃えている。

「自分の名前に聞き覚えがありませんか」

 挑むように彼は尋ねた。

「第587連隊、第三大隊第二中隊第三小隊長、佐伯マサムネ中尉」

 間髪入れず、サクヤは答えた。

「自分の弟でした」

 彼は言った。サクヤは頷いた。

「弟は……」

 佐伯はさらに何かを続けようとした。サクヤは突きつけられている憎悪に怯える心を隠しながら、震えそうになる喉と乱れそうになる呼吸を完全に屈服させて、それを遮った。

「貴方の弟、佐伯マサムネ少尉は立派に戦い、戦死しました。責任は全て、指揮官であった私にあります」

 その言葉に、佐伯は面食らったような表情でサクヤを見た。

 彼女はまっすぐに背筋を伸ばし、彼に向き合った。きつく引き結ばれた唇には、もうそれ以上、何も言うつもりはないという強い意志が宿っていた。

 それを見た佐伯は、何かを耐えるように目を瞑った。


 しばらくして、ようやく佐伯が全身から力を抜いた。

「……この街は、どうですか」

 脱力したようなその声に、先ほどまでの激しさはない。

「素敵なところだと思うわ」

 サクヤは正直な言葉で答えた。

「自分もそう思います」

 彼は力強く頷くと、通りを眺めた。

「兎にも角にも、貴方のおかげで戦争は終わった。それは事実です。これからは、平和な時代がやってくるのでしょう。あの子たちが銃を手に取らずとも良い時代が。そのためにも、自分はこの街の復興に尽力するつもりです」

 そう語る彼の目が、再びサクヤを捉える。

「それでも。やはり自分は貴女を許せない」

「はい」

 当然のように、サクヤは頷いた。

 それ以外に何も言わなかった。今さら、何を言えと言うのだろう。

 第587連隊第三大隊に、生き残りは一人としていない。

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