第四十一話
「駒塚は十八から軍にいたそうです。復員して、退役が受理されたのが昨年の中頃だったので……軍歴は少なくとも二十四年になりますね」
「そ、そう……」
ヤトが追い打ちを掛けるように補足した。サクヤは神仏を眺めるような目を、駒塚へ向けていた。
「さ。駒塚、お二人は本日、開拓の進捗状況を確認しに参られたのだ。弛んだところをみせるなよ」
「では、一層奮闘せねばなりませんな」
絶句している二人をよそに、ヤトは軽い調子で駒塚の背を叩いた。彼の忠実な僕はにかっと白い歯を見せて笑うと、もう一度サクヤたちへ顔を向けた。
「では、自分は作業に戻らせていただきます」
「え、ええ。頑張ってください」
どうにか微笑みの形をつくって応じたサクヤに、彼は敬礼をしかけてから、思い出したようにその手を下ろして、腰を折った。
「随分と……いや、随分な部下を持っていたのだな」
作業へ戻ってゆく駒塚の背中を見つめながら、ソウジが放心したように言った。
「ええ。あの大戦を二十年以上に渡って生き残ってきたわけですからね。軍と戦争については、全て彼から教えられました」
「だろうな」
ソウジは呆れ返ったように空を仰いだ。
「その事実だけで、勲一等ものだ」
駒塚というちょっとした奇跡を目の当たりにした衝撃からどうにか立ち直ると、ソウジは幾つかの事務的な質問をヤトにした。彼はやはり、それに淡々と答えた。
「さて。これで君から受けるべき報告は終わりだ。ありがとう、大尉」
「お役に立てて何よりです」
ソウジは色々と書きつけた書類をサクヤに渡した。彼女はそれを渋々と言った表情で受け取ると、持たされている鞄の中へ仕舞いこんだ。
「さて、俺はこの後、村の責任者に会わねばならないのだが」
「開拓村本部は街の東側にあります。ご案内しましょうか?」
さっと応じたヤトへ、ソウジは首を振った。
「いや、構わん。大体の場所は分かっている。あとは街の者にでも聞くさ」
「そうですか」
仕事が終わったからか、砕けた口調になった彼に、ヤトは気の抜けた声で応じた。
「では、行くぞ。木花少佐」
「はい」
「あー、少し、よろしいですか。木花少佐殿」
ソウジの後を追って、街へ戻ろうとしていたサクヤの背中をヤトが呼び止めた。
「何かしら?」
立ち止まって振り向いた彼女へ、彼はぼうっとした目を向けていた。
「七倉大尉?」
何も言わない彼に、サクヤは小首を傾げながら呼びかけた。顔を覗き込むような仕草をする彼女へ、はっとしたようにヤトは背筋を伸ばす。
「ああ、いえ」
彼は視線を彷徨わせながら、口を開いた。
「その、少佐殿には現在、慕っておられる方がいらっしゃいますか?」
「はい?」
唐突なその質問に、サクヤはきょとんとした顔になった。
「ええ、つまりですね。現在、男女の関係としてお付き合いされている方か、またはそうなりたいと思っている方などがおられますか、と。そうお尋ねしたのですが」
質問の意味が全く分からないという様子の彼女に、ヤトは言葉を噛み砕けるだけ噛み砕いてもう一度尋ねた。
「……? ……。……いいえ? いないわ」
それをたっぷりと時間をかけて咀嚼してから、サクヤはやっぱり首を捻りながら、そう答える。
「ああ、そうですか」
ヤトが安堵したように表情を和らげた。その理由も、やはりサクヤには分からない。
「待て、大尉」
そこへソウジが割り込むように入ってきた。
「いったい、何の話をしているのだ」
やけに棘のある口調だなとサクヤが思っていると、ヤトはそれに気の抜けた声で答えた。
「はぁ。いえ、気になったもので」
ますます顔を渋くしたソウジは、咳払いをしてから言った。
「大尉。仮にも上官である木花少佐に対して、そのような質問は無礼ではないのか」
まるで風紀の番人にでもなったかのような彼の言葉には答えず、ヤトはサクヤを見た。
「ご無礼だったでしょうか?」
「いいえ。別に?」
当のサクヤは終始、首を捻りながら答えた。
「少佐殿はこう言っておられますが」
「いや、だからな……」
「ねぇ、大尉。つまり、いったい、貴方は何が言いたいの?」
上官相手に飄々としているヤトと、それに噛みつくソウジを遮って、サクヤはそう訊いた。
「ああ。つまりですね」
薄い笑みを浮かべてソウジを一瞥したヤトは、身体ごと彼女へ向けて言った。
「お相手に、自分などは如何でしょうかと」
「大尉!」
はっきりと口にした彼へ、ソウジが鋭い声を出した。
「君、冗談もほどほどに……」
「冗談などではありませんよ」
険しい顔で詰め寄る彼になど目もくれず、ヤトはサクヤを見つめていた。サクヤもまた、その視線を正面から受け止めた。
「如何です?」
彼は右手をそっと差し出した。サクヤを見つめるその瞳には、何処か切望しているような光がある。深淵へ誘うかのように、彼は伸ばした手をゆらりと持ち上げた。
しばしの無言。
ソウジにとっては永遠に感じるほどの一瞬を、サクヤとヤトは見つめ合った。
「ごめんなさい」
沈黙のやり取りは、唐突に終わった。サクヤは微笑みを浮かべて、そう言った。
「そうですか」
酷くあっさりと、ヤトはその返事に頷いた。
「私は戦嫌いなの」
「それは残念」
サクヤの一言に、彼は本当に残念そうに肩を落としていた。




