第四十話
「大尉。来た時から気になっていたのだが、何故あんな場所に石を積み上げているんだ?」
しばし、無言で春風の吹く田園風景の中に佇んでいたサクヤとヤトのもとへ、辺りを見て回ってきたらしいソウジが怪訝そうな顔で尋ねた。腕を伸ばして彼が示しているのは、田畑の外周を囲むように積み上げられた石の山だった。
「ああ、あれは」
答えようとしたヤトよりも素早く、サクヤが口を開いた。
「そうね。防塁といったところかしら。このあたりの土地は平坦で見通しも良いし、遮蔽物が無いと落ち着かないものね」
ヤトが虚を突かれたような顔で自分を見ているのを見て、サクヤは心の中で舌を出した。
逆襲成功。
もちろん、そんなことを考えているなどと面には決して出さない。
「あー……木花少佐? 突然、何を」
話の流れが読めないソウジは、戸惑ったように顔を顰めていた。そこへ、ヤトの弾けるような笑い声が響く。
「ははは、確かに! まぁ、防塁ですね。砲弾に耐えうるには、もう少し手を加えねばならないでしょうが」
「大尉、君まで」
実に楽しそうなヤトに、流石にソウジが嫌そうな顔を浮かべた。
「失礼しました」
どうにか笑いを噛み殺したらしい彼はそう頭を下げた。
「あれは、土地を耕している際に出た小石や岩などを退かしていったら、いつの間にやらあんなことになってしまいまして。そのうちに片付けようとは思っているのですが、あれだけの量ですから、さて、どうしたものやら」
その説明を聞いて、何だそんなことかとソウジは肩の力を抜いた。しかし、唐突に始まった物騒な会話についてはまだ納得していない。ヤトへ何か、文句を言おうとして口を開いた時だった。
「大尉殿」
ソウジとサクヤの背後から、唐突にヤトを呼ぶ声が聞こえた。
「ああ。駒塚か」
ヤトはその声の主に頷いてみせた。
なんだ、とソウジは振り返った。そして、言葉を失った。
そこに立っていたのは、壮年の男性だった。
筋肉太りした肉体を持つ偉丈夫で、ソウジと比べても何らの遜色もない。いや、むしろ体格ががっしりしている分、彼の方が威圧感は上だった。武骨で幅の広い顔面には、培ってきた経験と越えてきた苦労の数を偲ばせる無数の皺が刻まれており、右顎に刀傷の痕があった。
「失礼しました、閣下。そちらは駒塚と申しまして、今では退役しておりますが、戦時中は陸軍曹長を務めておりました」
呆気に取られて固まっているソウジの後ろから、ヤトがそう紹介した。
「大陸ではまぁ、自分の副官のようなもので。戦後、せっかく軍を辞めたにも関わらず、何を血迷ったのか、自分の面倒を見てくれています。そうそう、用水路を発案したのも彼ですよ。駒塚、こちらは御代中将閣下と、木花少佐殿だ」
彼がそこまで言い切ったところで、駒塚は踵を打ち鳴らすと、ソウジへ向かって背筋を伸ばした。
「駒塚ショウゾウであります! お二方のご勇名は、自分でも聞き及んでおります。お会いできて、光栄であります! 中将閣下、少佐殿……あー、申し訳ありません。随分と長い事、軍にいたもので。兵隊言葉が抜けないのであります」
「い、いや、構わない」
下士官以外の何物でもない態度でそう言った彼へ、ソウジは気圧されたように応じた。隣では、サクヤもまた愕然とした面持ちで駒塚を見つめている。
二人のそんな反応に、ヤトはにやりとした笑みを浮かべると言った。
「驚いておいでですね?」
「いや……ああ、そうだな。驚いている」
茫然とした声がソウジの口から漏れた。その横で、サクヤが口を開く。
「あの、駒塚、さん? 失礼ですけど、歳はお幾つなのでしょう?」
軍を辞めたと言っていたので、サクヤは丁寧な口調で尋ねた。その顔には、未だに信じられないものを見ているような表情が浮かんでいる。
「は。少佐殿。今年で四十三になります」
駒塚は鉄柱を飲み込んだような視線のまま、彼女に答えた。
「よ、よんじゅう……」
それを聞いたソウジが、途方に暮れたような呟きを漏らしていた。
二人が愕然とするのも無理はない。
現在の帝国で、駒塚と同じ年代の者は人口の一割にも満たないからだ。帝都三十万の中から探したとしても、千に満たないだろう。彼のように戦場から帰ってきたという条件を付け加えたとしたら、その数はさらに減る。
当然ではある。
帝国は大戦を戦い抜くために、男という男を戦場に送り込んだ。それでも足りぬからと、女性も駆り出された。帝国陸海軍が伝統を破ってでも、女性将校を採用したのにはそういった事情がある。
そして遂には、当時十五、六の子供だったサクヤたちまでが前線に送られ、戦わねばならなかったのだから。




