表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第一章 春(後) 開拓村視察任務
40/205

第三十九話

「――以上、現在までに、街の北側を除いた三方合わせて、都合十三町ほどの農地開墾が完了しています。このうち半分はすでに作付けを終えており、夏になる前には手つかずの田畑でも各種穀類、野菜の生産を始める予定であります」

 手にした書類を淡々とした声で読みあげるヤトに、ソウジはその内容と現実の景色を照らし合わせながら、手元の筆記版に張り付けた書類へ何事かを書きつけてゆく。

 一通り、街を見て回った彼らは街の西側、現在開墾作業中である現場へと来ていた。

 辺りには、街へ来た道と同じように開墾されたばかりの田畑が広がっており、掘り起こされたばかりの土の匂いが漂っていた。

「なるほど。報告に会ったとおりだな。君が着任してから開墾された面積は、他の開拓村と比べても群を抜いている……しかし、まだ一年も経っていないだろうに、随分と手際が良いな」

「はぁ……」

 褒めるように言ったソウジへ、ヤトは気の抜けた相槌を返した。すぐにはっとして、言い直す。

「あ、いえ。それはまぁ、開拓民たちの士気が高いのが要因かと。ここ一年でかなりの人数が増えましたから。いや、彼らはもう兵ではないので、士気とは言わないのでしょうか」

「別に、士気という言い方でも間違ってはいないだろう」

 白々しい声で言うヤトへ、ソウジはさして気にした風もなく応じた。


 サクヤは二人とは少し離れた位置で、ソウジに押し付けられた手提げ鞄をぶらぶらとさせながら所在なさげに立っていた。遠くに見える開拓民たちの影を眺めながら、ふとその視線を下へ向ける。

「ねぇ、大尉」

「はい」

 呼びかけに振り返ったヤトへ、サクヤは足元を指さして尋ねた。

「これは何?」

 細い指が指し示す先には、道と田畑の間に沿って掘られた溝があった。人の胸元までありそうな深さがあり、場所によっては側面や底が木材で補強されている。

「それは用水路です」

 ああ、と納得したようにヤトが答えた。

「用水路?」

 それに、サクヤは首を傾げる。

「でも、水は流れていないようだけど……」

「ええ、まだ完成していませんから。完成すれば、北の山から水をひいてくるそうです。あの山は湧水が豊富らしく……ああ、はっきりとお答えできず。申し訳ありません。それは部下の発案で、彼らに任せきりなのです」

 ヤトは詫びるように後頭部を掻いてから、肩を竦ませた。

「なにせ、自分は農作業などしたことがないもので」

 ふぅんと頷いて、その用水路を見つめていたサクヤは顔を上げた。ヤトがまっすぐに、自分を見つめていることに気が付く。

「なるほどね。ところで、この用水路、街の中にも掘られていたようだけど?」

「生活用水としても使うようです。街には井戸もありますが、力の弱い者にとっては、水を汲み上げるだけでも一苦労ですからね」

 サクヤの質問に、彼は用意しておいたかのような素早さで答えた。サクヤはまた「なるほど」と頷いた。井戸で水を汲む大変さは、身をもって知っている。

「考えたわね。これを発案したのは、よほど頭の回る人物のようだわ」

「ええ、誰よりも信頼できる男です。少なくとも、自分にとっては」

 彼女の言葉に頷きつつ、ヤトはその隣に立つと用水路を見下ろした。

「これが完成すれば、ここでもようやく米が作れるようになるとか。麦や野菜は雨さえ降ればどうにかなりますが、稲の場合は水を張らねばなりませんから……どうにも、白米というのは作るだけでも一苦労で、軍に期待をもって入隊してくる新兵の気持ちが、今なら少しは分かるような気がします」

 そんなことを口にしたあと、ふと言葉を切った彼はサクヤに顔を向けた。

「それにしても、随分とこの用水路が気になったようですね」

 そして、にやりとした笑みを浮かべると彼は言った。

「まるで、野戦陣地に掘られた塹壕にでも見えましたか?」

 その一言に、サクヤは一瞬身体を硬直させてしまった 。

 いけないと思ったが、もう遅い。図星を突かれ、動揺を表に出した時点で彼女の負けだった。

「――そうね」

 ここで下手に取り繕っても無駄だろうと、サクヤは開き直った。

「正直に言ってしまえば、その通りだわ。私も農作業なんてしたことが無いから」

 素直さは時に、詐欺師にとっても大きな武器となりえる。

 そんな言葉を思い浮かべた後で、なんで私は彼に対して、ここまで警戒しているのだろうかと首を捻った。先ほどから、妙な感情の籠った視線を向けられているせいだろうか。

「仕方がありませんね。それは我々の職業病のようなものです」

 サクヤの内心を知ってか知らずか、ヤトはそんな言葉を返した。

「もっとも。自分の場合はこれが職業なのか、生き方なのか、判断に迷う時があるのですが」

 独白のように紡がれたその言葉は、サクヤにもよく理解できた。ヤトの顔を見ると、曽於瞳は何処か遠くを見つめていた。

 それは、この国にいる多くの若者が罹患している病であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ