第三十七話
「まったく。中々の商売上手じゃないか、少年。ところで、店主は何処にいるのかな?」
サクヤからの無言の抗議を無視して、ソウジは尋ねた。特に意図があってのことではなく、なんともなしに聞いてみただけなのだが。
「てんしゅ?」
「ああ、ええと、この店の持ち主のことだよ」
きょとんとした顔で首を捻った少年に、子供には少し難しい言い回しだったかとソウジは言い直す。それで、少年は得心がいったようだった。
「ああ、それなら、おいらだよ」
「……なに?」
無邪気な彼の返答に、ソウジは思わず目を細めた。そんな彼の変化に構わず、少年は続ける。
「だって、おいらが作ったものを、おいらが売ってるんだもん」
「ああ、そうか」
それを聞いて、ソウジは苦笑した。どうやら、彼の中ではそういうことになっているらしいと理解したからだった。
それにしても、こんな子供の言葉を馬鹿正直に受け止めて誤解するとは。まったく、仕事柄、そうならざるを得ないとはいえ、些細な言葉の言い回しにまで敏感になり過ぎているな。
これだから、軍人は。
心の中でそう反省しつつ、ソウジは質問の仕方を変えてみた。
「では、家の人は何処にいるのかな?」
「姉ちゃんなら、今の時間は塾に行ってるー」
「……ふむ」
やはり、いまいち質問の趣旨が正しく伝わらない。が、少年の口にした塾という単語が気にかかって、ソウジは再び考え込むように顎に手を当てた。
塾というからには、何かしらを押している場所なのだろう。しかし、現在の帝国で塾のような教育施設を運営するためには、まずもって議会の承認が不可欠だった。
そして、この開拓村に認可を受けた教育施設があるとは聞いていない。
不認可の私塾だった場合、教えている内容やその教育方法によっては、問題になりえるなと考えながら、ソウジは背後へ振り返った。
そこに立っているヤトへ、問いかけるような眼差しを向ける。残念なことに、どうやら彼は空模様に夢中のようだった。
仕方ない。まぁ詳しいことは後で聞けば良いかと、ソウジは少年に向き直った。
「お姉さん以外に、大人の人は?」
努めて親しげな笑みを保ちつつ、ソウジは質問を重ねた。ここまで来ると、どうしても気になってしまうのが人の性というものだ。
しかし少年は、ソウジの質問にまるで意味が分からないとばかりに首を捻っていた。
「いないよ? おいら、姉ちゃんと二人暮らしだもん」
それはある意味で、決定的な一言であった。ソウジの顔に、紛れもない険しさが過ぎる。
「……お姉さんは、今いくつかな?」
「え? ええと、十七、かな」
わずかに口調が険しくなった彼の声に、少年は少し気圧されたように答えた。
「そうか……色々と聞いて悪いが、君たちの監督者は何処にいるんだ?」
「かんとくしゃ……? ああ、田辺のおっちゃんのこと?」
ぴんと来たように少年が誰かの名前を出した時、ソウジは心底からほっとしていた。そして、続く彼の言葉に再び凍りつく。
「姉ちゃんと一緒にここへ引っ越してきてから、もう半年くらい会ってないなぁ」
その声は、昨日の夕飯について語るような何気なさだった。
ソウジは無意識に右手を持ち上げると、顔の半分を隠した。ふとサクヤへ目を向ければ、彼女もまた「いいの、これ?」と問いたげに彼を見上げている。
良いわけがなかった。
帝国臣民である未成年者は全員、誰かしら監督者の指導下になければならない。これは、帝国に住む以上、未成年者全員が従わなければならない義務だ。少なくとも、法の条文にはそう記されている。
仮に監督者の下を離れて暮らす場合でも、軍務に就いている者を除いて、月に一度ないしは数度、近況を報告せねばならない。
しかし、この少年の言葉を信じるのであれば、少なくとも彼と彼の姉はその義務を半年間も怠っていることになる。
「どうしたんだー? 難しい顔して? どれを買うのか迷ってんなら、全部買ってくれてもいいんだぞー?」
ソウジの内心など露も知らず、少年はいたって無邪気だった。その様子に、見かけだけの平静を取り戻した彼は曖昧な微笑みを浮かべて、首を振る。
「いや。すまんな、少年。またの機会にしておこう」
なんだよ、けちーという少年の声を背に、何かに耐えきれなくなったソウジは、その場から逃走した。




