第三十一話
七倉ヤト。旧姓は十束。
現・帝国陸軍大尉。大戦時の階級は少佐。
あの集まりでシュンが言っていたように、士官学校ではコウやミツルたちの同期で、サクヤよりも一期上になる。士官学校入校までは、サクヤたちと同様に軍が運営していた養護施設にいたようだ。と言っても、これは別に偶然でも何でもない。
そもそも、今の帝国軍で職業軍人として、つまり軍曹以上の階級にあるほとんどの者は戦災孤児から選ばれているからだ。戦死した場合でも、本人に代わって給与や恩給を受け取る遺族の居ない孤児は軍にとって格好の消耗品だった。
七倉ヤトの士官学校での成績はそれほど優秀だったわけでもないが、ミツルが言っていたように小隊演習などではちょっとした見どころのある生徒だったようだ。そのためか、少尉任官後、すぐに大陸へ送られている。
彼の軍歴は、大陸中央戦域で小隊長として始まった。
先日の講義でサクヤが述べていたように、彼女たちの戦った欧州戦域が大戦最大の激戦地であるのならば、中央戦域は最悪の泥沼だったともいえる。
南進を図る北方連邦軍の人海戦術に、圧倒的に数で劣る帝国陸軍は常に苦戦を強いられていた。さらに、各地で蜂起を繰り返す少数勢力による帝国、連邦の区別なく行われる無差別攻撃。
どこに敵がいるのか。誰が敵なのかも分からない。
そんな混沌そのものの戦場で七倉、当時の十束ヤト少尉はちょっとした才能を開花させた。それは、彼の指揮した部隊の生還率に現れている。
悪戦の末、所属していた大隊や連隊が司令部もろとも壊滅しても、彼は自らが率いる部下たちを幾度となく友軍の下へ連れ帰っていたのだ。そうして、幾度となく所属部隊の全滅と壊滅を味わいながら、連れ帰った部下とともに戦地を転々とした彼は、やがてとある部隊へ配属される。
第45特務大隊。
後に、彼の養父となる七倉中佐の率いた特殊任務部隊だった。
特務部隊とは、敵前線を越えての遊撃戦や、敵後方の補給連絡線を断つなどと言った後方攪乱などを主任務とする部隊のことである。中央戦域において、連邦軍に対しどうしても数で劣る帝国軍は、そうした特務部隊を数多く投入して戦線の崩壊を防いでいたのだ。
しかし、その扱いはほとんどが捨て駒のようなものだった。
当然ではある。敵の前線を越えるとは即ち、敵陣の真っただ中に突入してゆくことに他ならない。友軍からの支援など望むべくもなく、仮に任務を達成しても、撤退の途中で発見されてしまえば、たちどころに包囲殲滅されてしまう。
特務部隊の損害率の高さに比べ、任務成功率がそれほど高くないことを考えるのならば、そこへ配属される者からすれば、一種の懲罰人事とも呼べるものだった。
しかし、それは苛烈な銃火の下から部隊を生還させてきた十束ヤト少尉の才能にぴったりだったようだ。
戦闘参加回数、延べ七十四回。
最初の十二回は小隊を。次の七回は中隊を。地獄の遊撃戦任務から連れて帰った。
そして、ちょうど二十回目の戦闘で大隊長以下、先任の将校たちが軒並み戦死したことによって、彼は大隊における最上級者となった。
恐るべきことに、彼はわずか三十名にまで目減りした大隊で、任務を達成して生還した彼は、その戦功により少佐へと昇進、同大隊の大隊長へと任じられる。その後、恐らくは相当な苦労をして建て直した大隊は本来の任務に充てられることが少なくなった。
日に日に戦況の悪くなる大戦末期の中央戦域で、戦力再建を図って後退する友軍部隊の背中を守るため、後衛戦闘を命じられたのがその始まりだった。或いは、そこで戦果を挙げてしまったことが彼にとってはこの上ない不幸だったのかもしれない。
そこから続く彼の戦歴は散々だった。
勝ち目の無くなった戦場にばかり投入され、撤退する友軍の支援、平たく言ってしまえば負け戦の後始末ばかり押し付けられている。
それでも、彼は幾度となく全滅と壊滅を繰り返す部隊を最後まで引き連れて、多くの任務を達成してきた。
どれほどの劣勢に立たされても突き進み、どれほど絶望的な状況に陥ろうとも抵抗を続け、もはや敗北は必至でありながらも、なお戦いをやめない七倉ヤトの姿に、連邦の兵士たちが恐れと軽蔑を込めて呼び始めたのが、彼の渾名の始まりだ。
戦争狂
戦争に、狂っていると。
果たして。その事実がどうであれ。戦場で彼は何を想い、何を感じていたのだろうか。
それを想像して、サクヤは思わず身震いしそうになった。
「恐ろしく有能、か。そうだな」
サクヤの返答を聞いて、しばらく考え込むように顎に手を当てていたソウジが、やがてそう頷いた。
「彼は与えられたすべての任務で、常に目的を達成しています。これは驚嘆すべきことです」
七倉ヤトの戦歴についてざっと纏められている頁に目を通しながら、サクヤは手放しで彼を褒めた。
もっとも、一つひとつの戦果や戦功といったものを基準に考えるのであれば、七倉ヤトは木花サクヤの足元にも及ばない。
任官して初めて経験した戦いから、全て連戦連勝で彩られた彼女の積み上げた戦歴には、それ一つで戦局をひっくり返したような大勝まで数多くある。対して、七倉ヤトの場合、彼に与えられた任務の内容故でもあるが、明確な勝利と飛べるものは一つとして無かった。
だが、しかし。任務を完遂することこそが、軍人にとって最も肝心かつ、難しい使命であることを考えるのならば、彼は間違いなく有能だった。一種の天才とすら評して良いかもしれないほどに。
「与えられた目的を常に達成して帰ってくる指揮官か。まさに軍人の鑑だな。或いは、彼こそ君の連隊にいて欲しい人物だったのではないか?」
「そうですね。もしもそうであれば、私はもっと楽が出来たかもしれません」
ソウジの問いかけに、サクヤは頷いた。それで、この話題は終わりだった。
お互い、もしもの話になど何の意味もないと知っている。
だから、サクヤは代わりに素朴な疑問を口にしてみた。
「しかし……これほどの人物が何故、今は開拓村の指揮官になっているんでしょうか」
考えてみれば、奇妙なことだ。
戦中、一度でも大隊長以上の役職に就いたことのある者は全員、各地の守備隊に集められているか、サクヤのように士官学校教官などという、それなりの地位を与えられている。開拓部隊の指揮官に充てられているのは、元々階級の低かったコトネのような者ばかりなのだ。
そんなサクヤの疑問に、ソウジはあっさりと答えた。
「どうやら、随分と上層部に嫌われているようだ」
にべもない返答だったが、サクヤはそれで納得した。
「コウ君みたいなことね」
本人が聞けば、卒倒しかけない納得の仕方であった。




