第二十四話
すっかりソウジとミツルから離れたところで、サクヤは自転車を降り徒歩に切り替えた。
コトネは無事に開拓村へ帰れるだろうか。コウ君が付いているから、危険はないと思うけれど。帰ったら、遅くなったことをお婆ちゃんに謝らなくちゃ。それとももう寝ちゃってるかな。
そんなことを考えながら、誰もいない夜の通りを、下手くそな鼻歌を歌いながら自転車を押して歩く。ふと見上げた夜空には月が明るく輝いていて、サクヤは思わず足を止めた。
一人になったことを自覚した途端、色々な考えがとりとめもなく脳裏を駆け巡る。
戦争を終わらせれば、世界は平和になると思っていた。
だが、いざ戦争を終わらせて祖国へ帰ってみれば、国土のほとんどは焼け野原になっていたし、国民は貧困に喘いでいた。
楽しいことは少ない。遊ぶよりも、働かなければいけないから。
そして、働いている、働かされている多くは、サクヤよりも年下の子供たちばかり。老人か子供しかいない今の帝国では、それも仕方がない事ではあるのだろうけれど。
美味しいものも少ない。
今日、あの店で出たような食事を、誰もが口にできるようになるのはいったい、どれだけ先になるのだろうか。
戦時中、食料の供給を外地に頼っていた帝国では、戦争の終結とともにそれらを手放したせいで大規模な食糧難に陥っている。帝都であっても、一般の食卓には雑穀か、芋を煮るか蒸すかして塩で味付けしてあるものが並べば良い方なのだ。
開拓村で生産された食料は続々と帝都に集められているというが、それはいったいどこへ消えているのだろうか。
コトネに聞いたところ、作った作物は開拓民でも口にできないのだと言う。
理由は分からない。それはサクヤの哲学とはあまりにもかけ離れた場所にあるのだろう。
それでも。それでも。
「戦争狂、か」
月を見上げながら、サクヤはシュンから聞いた開拓村指揮官の渾名を口にした。
――そんなもん、俺たちだって同じだぜ。
吐き捨てるように言ったコウの一言が、まだ胸の奥に深く突き刺さっている。
彼らはみな、サクヤに救われたと思っているが、サクヤ本人にその自覚はない。
むしろ、自分もまた戦争狂の一人なのだと信じ込んでいた。
祖国の英雄であるという自分。戦争に勝ったからだそうだ。
誰もがそのことを疑いもせずに、彼女を英雄として称え、“大佐さん”と呼んで慕ってくれる。
それが、サクヤには耐えられなかった。
何も知らない彼らが真実を知ったのならば、いったいどんな顔をするだろうか。
しかし、真実を伝えることをサクヤは許されていなかった。
それが復員後、祖国の土を踏んでから初めて受けた命令だった。
真実を口にした時、みんながどんな目で自分を見るのだろうか。それを思うと恐ろしくて、従うしかなかった自分が情けなくて、悔しかった。
なんて無様なのだろう。
それでも。それでも。
たとえ、どれほど現状が理不尽で不条理であろうとも。現実の平和が、望んでいたものとどれほど違っていたとしても。
もう二度と、誰かが血を流すことだけはない。
戦争はもう、終わったのだから。
「……これで、良かったんですよね」
羽織った大外套ごと、自分を抱きしめるようにして。サクヤは月に向かって問いかけた。
もちろん、返答は何処からもなかった。




