第二十二話
「……なんで、あの子を士官学校の教官になんてしたんだ?」
サクヤが去っていった辺りの暗闇を見つめながら、ミツルが小さく口を開いた。
その質問は、彼が今日一番聞きたかったことだった。
「俺が決めたわけじゃない」
尋ねられたソウジは、やはりミツルと同じ場所を見つめながら特に表情を変えることなく答えた。
「守備隊内の人事ならばともかく、軍の人事権は陸軍省の管轄だ。つまり、ご老人方のな」
「だとしても、サクヤの監督者になれた君ならば、守備隊司令官は無理としても隷下の大隊長くらいになら捻じ込めたんじゃないのか」
言い返したミツルの声には、何故そうしなかったのだと問い詰めるような響きがあった。
「まぁ、俺もそう考えなかったわけではない」
ふっと息を吐いて、ソウジは言った。
「考えなかったわけではないというか、実際に働きかけてもみた」
それにミツルは、不可解そうに片眉を持ち上げた。
「なんで駄目だったんだ?」
「帝都守備隊は、第587連隊をそのままに、看板だけ付け替えたようなものだ。多少、編成に違いはあっても、人員のほとんどはあの連隊からの引き抜きで構成されている」
ため息を吐くように言ったソウジへ、ミツルは頷いた。
そんなことは分かりきっている。だからこそ、その指揮を執るべきはサクヤなのだ。
「兵たちはまた、サクヤの下に集いたいと思っているぞ」
無論、この俺も。そんな本心を包み隠して彼は言った。
復員から二週間ほどして、再び集められた第587連隊将兵の前で、自分が守備隊司令官であると名乗った老年の陸軍大将を見たときの、兵たちの落胆したような顔を思い出す。
「それが問題なのだ」
ミツルの一言に、ソウジは盛大に頭を抱え出した。
「帝国陸軍将兵がまことに忠誠を捧げるべきは、大元帥たる帝主陛下ただお一人である」
その口調は、まるで誰かの言葉を真似ているようだった。それを聞いたミツルは、納得したように肩を竦めると言った。
「つまり、連隊の奴らをあの子が私兵として扱うかもしれないと」
「というよりも、最大の問題は木花本人が望む、望まないとに関わらず、彼らが喜んで木花の私兵になりたがるだろうということなのだ」
「あー……それは」
憤然と鼻を鳴らしたソウジに、ミツルは言葉を濁した。
だろうなぁと思うからだった。
元、第587連隊の将兵たちは一人残らず、戦場で自分たちを指揮した木花サクヤ大佐のみが、生涯唯一の指揮官であると定めているらしい。今でも、ミツルは日に一度は訊かれる。「木花連隊長殿はいつお戻りですか」と。
そもそも、彼らが木花サクヤという少女に対して抱いている感情はある種の信仰、崇拝に近いものだった。
同時に、軍における連隊とは国であり、城である。即ち、連隊長とは一国一城の主なのだ。
歩く軍神などと呼ばれ、敬われているミツルでもしょせんは大隊長に過ぎない。
そこまで考えたところで、そうか、そういうことかとミツルは思った。
つまり、軍上層部と帝国議会のお歴々はサクヤの存在が恐ろしいのだ。
何故か。
現在、この国における最大の戦力といえば第587連隊の生き残りたちに他ならない。
大戦中、もっとも熾烈な戦場で戦い生き延びた将兵たち。その彼らが、自分たちの命令よりも一人の少女の言葉に従うだろうという事実が、恐ろしくて堪らないのだ。
そう考えれば、サクヤがいま任じられている士官学校教官という役職にも納得がゆく。
士官学校の教官はそれなりに尊敬される立場であると同時に、いかなる部隊の指揮権も持たない。当たり障りのない役職に任じて、サクヤを元部下たちから引き離す。そういう腹づもりなのだろう。
何より、大戦の英雄による講義が受けられるとなれば志願者も増える。一石二鳥だ。
なるほど。
「馬鹿だなぁ」
ミツルはむしろ、憐れむように呟いた。
「ああ。馬鹿馬鹿しいな」
ソウジもそれに頷いていた。
軍上層部や議会の老人たちが恐れている最悪の事態はむしろ、サクヤがいればこそ絶対に起こらないというのに。それを心底から理解できていない。
何故ならば。
木花サクヤという少女は戦争の全てを、いや、争いの総てを嫌悪しているのだから。




