第二十話
積もり積もった話は尽きることなく、五人が名残惜しみつつ場を切り上げて外へ出た頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。
サクヤは店の門前に停めていた自転車を押しながら、ハツには遅くならないようにすると言って借りてきたのにと思い出して、申し訳ない気分になった。
「やれやれ」
そこへ、最後に残って会計を済ませてきたらしいソウジが店から出てきた。外で相変わらず馬鹿騒ぎをしているコウに、呆れたような視線を向けている。
「ご馳走様、ソウジ。すっごく美味しかったわ」
コトネがさばさばとしたお礼で彼にお礼を言った。結局、この店の支払いはすべてソウジが持ってくれたのだった。
「あの、本当に大丈夫?」
サクヤは気遣うような声をソウジに掛けた。
いくら階級が高くても、今の帝国では軍人の俸給もそう大したものではない。
「構わん」
彼はそう言って、どうでも良さそうに手をひらひらとさせた。
「そうよ、サクヤ。こういう時に恰好を付けるのは、男の子の義務なのよ」
後ろから被せるようにコトネも言った。
仮にも最年長である自分を男の子と呼んだ彼女に、ソウジは一瞬だけ顔を顰めたが、すぐにまぁ良いかと思いなおす。
「こんな時でもないと、金を使う機会が無いからな」
「そっか。それじゃあ、今日は本当にありがとう、御代君」
肩を竦めて言った彼に、あまり遠慮ばかりしていては返って気を悪くさせるだろうと思ったサクヤは、素直にお礼だけを言っておくことにした。ソウジは、いいよと手を振りながらぞんざいに応じた。
「さて、と。思ったよりも遅くなっちゃったわね」
ソウジの様子を、横目でにやにやとしながら見ていたコトネが欠伸を漏らしながら言った。伸びをしながら、すっかり暗くなった空を仰ぐ彼女にサクヤが訊く。
「コトネはこの後、どうするの?」
「私は部隊のところへ戻らなくちゃ。こう見えても、一応指揮官ですからね」
なんでもなさそうに答えたコトネだったが、今の帝都には辻馬車など走っていないので、歩いて帰るしか方法がない。サクヤはすっかり静まり返っている夜道を心配そうな顔で見回した。
「俺たちはもう一軒だ」
そこへ、両腕をミツルとシュンの首に回したコウがふんぞり返りながら近づいてくると言った。
「いや。僕はまだ仕事が残っているから、もう戻らないと」
コウの腕からするりと抜け出したシュンが、ずれた眼鏡をなおしながら答える。
「俺も行かないぞ。延槻が言っていたように、俺も一応、部隊の長なのでね」
鬱陶しそうに腕を払って、ミツルも言った。
「今日は非番じゃねぇか」
コウが詰まらなそうな声を出す。
「君はな、訓練幕僚。中隊長に非番も当直もあるものか」
ミツルにそう言い返され、一々立場の差を強調してくるヤツだとコウは舌打ちをした。
「延槻、守備隊本部にまで足を運んでくれるのならば、馬車を用意させるぞ?」
コウの馬鹿に一区切りついたところで、ソウジが口を開いた。その申し出に、コトネは首を振る。
「そこまでお世話にならなくても大丈夫よ。私の配属されてる開拓村は、ここから歩いても一時間程度だし。それに守備隊本部って、要は参謀本部のことじゃない。わざわざ、反対側の通りにまで行くことはないわ」
そう理由を付けて断った彼女だが、本音では参謀本部の白い建物には近づきたくないだけだった。それに、常日頃から農作業という重労働を指揮しているのだ。一時間歩く程度で音を上げるほど、やわでもなかった。
「そうか……なら、守備隊から一人、護衛を付けよう」
コトネたちの会話を聞いていたミツルがにやりとして、コウの肩に手を置いた。
「ん?」
なんだ? と顔を向けた彼へ、ミツルは満面の笑みを浮かべると言った。
「訓練幕僚、君、延槻中尉を彼女の部隊が駐屯している開拓村までお送りしたまえ」
「なんでそうなるんだよ!?」
突然の命令にコウは大声を出した。それに、ミツルは諭すような声で説明する。
「陸軍将校とはいえ、若い女性が夜道を一人で歩くなんて危ないじゃないか。だが、そこに砲煙弾雨の中を鼻歌交じりに散歩してきた君が付いていれば安心だ」
「確かにな」
そこへ、同じくにやりとした笑みを口元に張り付けたソウジが同意するように頷いた。
「ふざけんなよ。参謀長に指揮権なんてないぞ」
コウが嫌そうな顔で反論する。
「では、陸軍中将として」
ソウジの言葉に、制服も着てねぇくせにとコウは唸った。と、その目がサクヤを捉える。
「そうだ。だったら、まずはサクヤを送ってから……」
思いついたように言った彼へ、サクヤは首を横に振ると言った。
「私の家、ここから近いし、自転車もあるから。それよりもコトネを送ってあげて」
せっかく思いついた名案をばっさりと切り捨てられた上、お願いねなどと、彼にとっては参謀総長直達の命令以上に効力のある笑顔を向けられてしまっては、もはや為す術がない。
「分かった、分かったよ……」
がっくりと項垂れるように肩を落としたコウに、コトネがむすっとした顔で言う。
「もう、そんなに嫌ならいいわよ。大体、私一人でもちゃんと帰れるっていうのよ」
「嫌だとは言ってないだろ」
それに、遂に降伏を認めるように彼は両手を上げた。




