021
全てを終わらせたソウジは、ミツルとシュンとともにゆっくりとサクヤの下まで戻った。
「まあ、その……」
照れくさそうに頬を掻きながら、口を開く。サクヤの横にいたコトネと目が合った。彼女の何かを咎めるような目つきに、一度大きく深呼吸をする。
そして、精一杯気取った笑みを浮かべると。
「そういうことで、お前はもう自由だ。サクヤ」
戦場で再会してから初めて、彼はサクヤの名を呼んだ。
その途端、彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「な、なんだ!? なんで泣くんだ!?」
慌てたようにソウジが訊くが、サクヤはもうそれどころではない。
わあわあと泣き声をあげながらソウジに抱き着く。横にいたコトネがそっと、彼女の肩に手を置いた。それを参考にしたのか、ミツルがサクヤの頭にぽんと手を乗せる。ソウジにしがみつきながら、サクヤは少し離れた位置に立っていたシュンを見つけると、こっちへ来てと手招きした。近づいてきた彼の服の裾を硬く握りしめる。
その瞬間。彼女はようやく、一番大切なものを取りもどしたのだった。
「コウのヤツが知ったら、死ぬほど羨ましがるぞ」
サクヤに抱き着かれながら、ソウジがそんな軽口を零す。
「もう死んでるかもしれんがな」
ミツルがぼそっと答えた。
「そうだ! コウ君は!?」
弾かれたようにサクヤの顔がソウジの胸元から離れる。そのまま、コウが落ちた塀の向こうへと駆けてゆく。
「あらま。あっという間に元通りだわ」
走り去る彼女の背中に、コトネが半ば呆れたような声を掛けた。
「さてと。まあ十中八九大丈夫だとは思うけど、私たちも行きますか」
言って、コトネがサクヤの後を追っていく。ミツルとシュンもそれに続いた。
ソウジもまたそれに続こうとして、途中、立ち尽くしているマレツグの姿を見つけた。
「……君も、来るか?」
茫然としているような、清々しいような、どちらにも見える無表情を浮かべている彼に、ソウジの口から自然とそんな言葉が漏れた。
一緒に来るかというその誘いに、マレツグは一瞬驚いたように目を見開いてから、ゆっくりと首を横に振る。
「いや。やめておきましょう」
「ここに残っても、何もないだろう」
断った彼にソウジが訊く。するとマレツグは困ったように口元を歪めながら、祖父に目を向けた。つられて、ソウジも茫然と立ち尽くしている老大将を見つめる。
「……あんなのでも、血の繋がった祖父です。看取ってやるくらいはしてやらねばと思うのですよ」
「そうか」
「閣下には分かりませんか」
「……いや。分かるような気がするよ」
血の繋がった家族のことなど何も覚えていないけれど。ソウジはそう答えた。
「瀬尾曹長! コウ君は!? 無事なの? 怪我はしてない? ……まさか!?」
「お、落ち着いてください、連隊長」
営庭を飛び出したサクヤは、外に飛び出すなりコウの右腕である瀬尾曹長を見つけ、質問攻めにした。噛みつくような勢いで、顔を赤くさせたり蒼くさせたりしている彼女をどうにか落ち着けて、瀬尾が言う。
「傷自体は大したことありません。ちょっと肩を掠めた程度で。舐めておけば治るようなものです。上から落ちた時に少し頭を打ったかもしれませんが、まあ大尉殿ならあれ以上は悪くならないでしょうし」
軽く悪口を添えて上官の容態を説明した彼に、サクヤがほっと息を吐く。そこへ言い辛そうに瀬尾が付け足した。
「ただ、あの……大尉殿の矜持が傷つけられたというか……そっちの方が重傷というか」
その説明に首を捻るサクヤへ、直接見た方が早いですと、瀬尾がある一点を指出した。
サクヤが振り向くと、何やら兵たちが円陣のようなものを組んでいる。どうやら、そこにコウがいるらしい。
サクヤは輪を作っている兵たちの後ろから近づいて、その中を覗き込んだ。
そこには。
「撃たれた……戦場じゃ、一発も喰らったこと無いのに……撃たれた……畜生」
膝を抱えて落ち込んでいるコウの姿があった。
「大尉殿、そんなの撃たれた数に入りませんって!」
「そうそう! 塀から落ちたのも弾のせいじゃないんでしょう?」
「っていうか、戦場じゃねぇし!」
周りを囲む兵たちがしきりに励ましの言葉を掛けているが、どれも耳に入っていないらしいコウへ。
「コウ君!」
兵たちを掻き分けて、サクヤが勢いよく飛びついた。
「おわっ!? さ、サクヤ!?」
慌てたようなコウの声。膝を抱えた態勢に横から飛び掛かられたため、そのまま地面に崩れ込んでしまう。
「お、無事だったな」
そこへミツルたちが追いついてきた。
「ああいうところまで、昔と一緒じゃなくてもよかったんだけど」
砂まみれで転がっているサクヤとコウを見て、コトネが呆れたように息を吐く。
「まあ、サクヤはこれからだから……」
それにシュンがぼそりと返した。
「何をやってるんだ、お前らは……」
ソウジも追いついてきて、サクヤとコウに早く立てと小言を言う。
渋々と言った表情で立ちあがったサクヤとコウを見た兵たちの中から、ふいに誰からともなく笑い声が漏れる。
それに気づいたコウが怒ったような顔をした。しかし、笑いは止まらない。
隣でサクヤまで笑いだすと観念したのか。彼も大口を開けて笑いだした。
周りにいた誰も彼もが、何が面白いのかも分からないままに笑いだす。
やがて、彼らの大合唱は帝都中に響き渡った。




