020
「さて。御代中将。どうやら、そなたの言うように木花少佐の処刑は不当なものであったようだ。どうやらこれも、議会の暴走を抑えられなかったという、私の不徳の致すところだな」
「滅相もございません」
突然の闖入者に驚きはしたものの、ソウジは少年帝へ深々と頭を下げた。
「ところで。木花少佐の罪の取り消しの他にも、そなたは何か、望むものがあるのではないか?」
「それが許されるのであれば」
突然、悪戯っぽい笑みを浮かべた少年帝に、ソウジは頭を下げたまま応じた。
「木花少佐のこれまでの功労に報いるための褒美だ。なんなりと申してみよ」
「では。退役の御許可を願います」
さっとした声で、ソウジが申し出た。少年帝はただ頷いただけだった。
「それだけで良いのか?」
「は。あー……」
思いもよらぬその質問に、ソウジは戸惑ったように言葉を濁した。
確かに。せっかくなのだから、もっと強欲になっても良かったのではないかという想いが頭を過ぎるが、だとしてもすぐに何かが思い浮かぶわけでもない。
「話に聞いていたよりも、意外と謙虚だな。貴官は」
迷っているソウジへ、少年帝が時間切れだと言うように口を開いた。
「では。木花少佐への褒美はそのように取り計らうが。軍人であるそなたらには罰を下す。無実であった木花少佐を救うためとはいえ、みな本来の軍命に背いてこの場にいるわけだからな」
その発言に、ソウジは重々しく頷いた。
「お、お待ちください、陛下」
と、彼の背後へ慌てたようにミツルがやってきた。
「彼らの上官は自分です。責任は自分が取るべきで……」
「良いんだ、ミツル」
ソウジはやんわりと彼を窘めた。
正確に言えば、ソウジは既に軍人ではないのだが、それでもこの場の責任を誰が持つかと言えば、それは自分に違いないだろうと考えている。
「いや。誰の責任が一番重いかと言えば、僕だろう」
そこへ、さらにシュンが割り込んできた。
「企んだのは俺だ」
「企ませたのは僕だ」
「やったのは俺だ」
「まあ、待て。少し落ち着け」
我が我がと言い合いを始めたソウジたちを、少年帝が苦笑交じりに止める。
「そなたらの思うところはまず置いて、先に私の決定を聞くのが先ではないのか」
「は」
その言葉に、三人が一斉に頭を下げる。少年帝は頷き、次の瞬間、三人の誰もが思いもよらない言葉を口にした。
「この場に集っている第587連隊の将兵全員を、予備役へと編入する」
「はっ……は?」
そう告げた少年帝に、ソウジはまず重々しく首を垂れ、そしてぽかんとした顔で彼を見た。
両隣にいるシュンやミツルもまた同様の表情を浮かべている。
彼らの反応を面白がるように、少年帝は口元に笑みを零しながら続けた。
「無論、軍役を解くだけではない。その後は国家再興のため尽力せよ。そう、たとえばなのだが、ある開拓村が人手を必要としているのだが。その開拓村は、昨日ようやく新しい責任者が戻ったばかりでな。帝都北西に位置する、飛禅連山の麓にある街なのだが」
「……まさに。大御心」
全てを聞き終えた時。ソウジは少年帝に向け、深々と腰を折った。
「無論、そなたらを完全に軍役から解くわけではない。またいずれ、そなたらの力をこの国が必要とした時には速やかに招集に応じ、我が下へ馳せ参じよ」
「確約致します」
ソウジは顔をあげて、それに応じた。
「どうか。これだけは憶えておいていただきたい。我々は決して、御国に背いたわけでもなければ、陛下への忠誠を失ったわけでもないということを」
少年帝の前で背筋を正したソウジはそういうと、近くにいた曹長に振り向き、手振りで何かの合図を送った。
その曹長が万事了解といった顔つきで頷くと、彼は再び少年帝に向き直る。
「我ら第587連隊一同は、何時何時如何なる時であろうとも、御国の求めに従い、どのような戦場であれ、どのような敵であれ、陛下のため、この一命を投げ出す覚悟と準備がございます」
彼の言葉が終わるとともに、その背後で先ほどの曹長が「構え」と大音声を張り上げた。
その場にいた第587連隊の将兵全員が、号令に合わせて一糸乱れぬ動きを見せる。将校は軍刀を引き抜き、兵は銃を空に向けて構えた。
「放てっ!!」
裂帛の号令とともに、完璧に重なった一発の銃声が空へ轟いた。
少年帝は彼らを見て、満足そうに頷いた。
その後方で、第587連隊の見事な統制と練度を目の当たりにしたマレツグが降参するように拳銃を投げ捨てる。彼のさらに後ろでは、マレミツがただ茫然と口を開け放ったまま立ち尽くしていた。




