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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
最終章 桜花舞う!!
201/205

018

「コウ君……?」

 誰もが唖然としている中で、サクヤがぽつりと塀の上の彼を呼んだ。

「何してんだ、アイツ……」

 傍では頭を抱えながらミツルが呻いている。

「どこまで馬鹿なの……?」

 コトネもまた、慄くような表情で彼を見上げていた。

 そんな反応など眼中にないのか。コウは意気揚々とサクヤに笑みを向ける。

「今すぐに助けてやるからな!」

 言って、塀から飛び降りるつもりなのか。腰をぐっと屈めたところで。

 空気を張り割くような一発の銃声が響いた。

 コウの身体がぐらりと揺れて、塀の向こう側へと消えてゆく。

 どさりという鈍い音が視界の外から聞こえた。

「コウ君!!」

 今度こそ、サクヤは悲鳴を上げた。


「良くやった。荒笠中佐」

 一気に静まり返った営庭に、マレミツが孫を褒める声が響く。

 ミツルは厳しい目でマレツグを睨んだ。

「さて。分かっているだろうな」

 硝煙の立ち昇る拳銃を片手にした孫の背後から、マレミツが脅すような声を出す。

「アンタたちこそ、分かってんの?」

 それに正面から言い返したのはコトネだった。

「私たちを誰だと思っているのかしら。帝国陸軍最強の第587連隊よ? 一人欠けたからって、私たちを相手にできるとでも思っているの?」

 不敵なその物言いに、憲兵隊や銃殺隊の兵たちが怯んだように顔を見合わせる。

 一方で、ミツルはコトネほど自信が無かった。

 いや。憲兵たちとやり合って勝てるかどうか、という話ではない。

 すでにこの場所は第587連隊によって完全に包囲されている。

 もしも、この場でミツルたちが全滅したとしても、外にいる連中が雪崩れ込んでくるはずだから、最終的な勝利は揺るぎないものだ。

 しかしそれも、サクヤを守り切れなければ何の意味もない。

 ミツル自身を含めて、この場で戦力になる味方は十二名。

 対する相手は憲兵隊と銃殺隊、あわせて二十名ほど。しかも、そのうち憲兵たちが手にしているのは連発式の小銃だった。

 下手すれば、半数は取られるかもな。

 無論、その半数に自分自身を含めながら、ミツルは苛ついたようにコウが消えたあたりの塀を睨んだ。

 まったく。馬鹿が盛大に馬鹿をやらかさなければ、話はもっと簡単だったのに。

 そう舌打ちを零しながらも、コウの無事については一切心配していない。

「もうよい」

 そこへ、全てを切り捨てるようなマレミツの声。見れば、老人は首まで真っ赤に染めていた。どうやら、自分へ敬意を払わないミツルたちの態度に堪忍袋の緒が切れたらしい。

「もはや弁明の余地もない。木花少佐ごと、あの反逆者どもを射殺せよ!!」

 怒りに駆られたように叫んだその命令に、憲兵たちが改めて小銃を構えなおした。

 ミツルたちがサクヤを守るように、その前に立つ。コトネは覚悟を決めた顔で、サクヤの横に寄り添った。

 営庭に存在する全ての引き金に指が掛かる。

 と。

「そこまで。殺し合いは終わりだ」

 起爆寸前の営庭に、新たな乱入者の声が響いた。


「まったく。先走るなとあれだけ言っておいたのに……」

 ぶつぶつと文句を言いながら姿を見せたのは、制服ではなく書生風の着流しに身を包んだ御代ソウジだった。

「ほら。全員、銃を下げろ。叛乱ごっこもこれで終わりだ。お前らもだ、憲兵。皆殺しにされたくなかったらとっとと言う通りにしろ」

 軍の制服姿でもなければ、階級章すら付けていないにも関わらず、この場の誰よりも上位であるかのように振舞うソウジに、憲兵たちも思わず従う。彼が数日前に軍をやめたことが知れ渡っていないというのも、その理由の一つだった。

 ソウジの背後からは第587連隊の将兵が続々と続いている。その中には識防シュンと、サクヤたちには見慣れぬ少年の姿もあった。

「馬鹿な……御代、中将……?」

 マレミツが呆けたような声で彼を呼ぶ。

 ソウジは元上官を無視して、サクヤたちの下まで歩を進めた。

 それに続いて、ソウジに従ってきた587連隊の将兵で営庭が半分ほど埋まる。

 状況はここに極まった。もはや、二十名ほどの憲兵隊と銃殺隊では戦いにすらならない。


「み、御代君に、シュン君まで」

「なんだ。俺たちが来ないとでも思ったのか?」

 戸惑ったような顔を向けるサクヤに、彼は不敵な笑みを返す。

「遅くなったのは事実だ。少しばかり、準備に手間取ってね」

 その横からシュンが取り澄ましたように口を挟んだ。

「で? いったい、何を企んでいるんだ?」

 ソウジに言われた通り、拳銃を銃嚢に戻しながらミツルが訊いた。

「ああ、それは」

「ちょっと待ちなさい」

 説明しようと口を開きかけたソウジを、サクヤを縛っている縄と格闘しているコトネが遮った。

「その前に。全然、解けないのよ、コレ。ちょっと、誰か銃剣貸しなさいよ」

 業を煮やしたように言った彼女へ、兵の一人が銃剣を差し出した。それを使ってコトネが縄を切る。ようやく、サクヤは自由の身になった。

 縄が切れた途端、足を縺れさせたサクヤをコトネとミツルが両脇から支える。

「あの、二人とも……何をするつもりなの? その子は……?」

 二人に支えられながら、サクヤは営庭を埋め尽くす将兵たちを見回してから、シュンの後ろに立つ少年へ目を向けた。

 彼は面白がるような顔でサクヤたちを眺めている。

「説明するよりも、初めてしまった方が早いのではないですか、中佐殿」

 彼はそのままの顔で、シュンにそう言った。

「そうですね」

 彼は頷いて、促すような視線をソウジへ送る。

 ソウジはふっと息を吐いて姿勢を正すと、営庭に響き渡る大音声を張り上げた。


「畏れ多くも今上帝主陛下へ、直々に上奏の御許可を頂きたくあります!」


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