017
「閣下!」
肩を怒らせてミツルを睨みつけているマレミツの下へ、営庭に併設されている隊舎から憲兵たちが駆けこんできた。
「憲兵隊! 反逆者だ、全員この場で射殺せよ!」
息を切らせてやってきた憲兵隊の大尉にマレミツが命じる。それに憲兵大尉は困ったように眉を顰めた。
「しかし、閣下。この場所は完全に包囲されています」
その報告に、マレミツの背後に並んでいる将官や大佐たちが絶望的な表情を浮かべる。
「それがどうした!!」
しかし、マレミツは彼を怒鳴りつけて喚いた。
「ならば、そ奴らも全員射殺すればよいだけの話ではないか! これは命令なのだ! 憲兵大尉!!」
元々、憲兵には軍への忠誠心が篤い者、つまり貴族出身者や、その子飼いばかりが集められている。彼らには命令に背くという発想が無かった。
もはや無茶も無謀も通り越した命令だが、憲兵大尉は表情を消してそれに従った。
彼の号令に、憲兵たちが一斉に銃を構える。営庭の中央から退いてきた銃殺隊も、マレツグとともにその列に加わった。
サクヤを取り囲む第587連隊の兵たちも、応じるように銃口を持ち上げる。
「……このままでは、相打ちだな」
一触即発の空気の中、マレツグが他人事のように言った。
「さて。どうかな」
向かい側から、ミツルも同じような調子で答える。
「みんな、やめて!!」
そのやり取りに、サクヤが大声を出した。
「ミツルく、邑楽大尉! 私のことはいいから、みんなをやめさせて!」
銃殺台に縛り付けられたまま、必死に訴えるサクヤだが誰も耳を貸さない。
「……っ、コトネ!」
サクヤは焦れたように、背後にいたコトネを呼んだ。
「いやよ」
彼女はサクヤを縛り付けている縄を解きながら、ばっさりと答えた。
「延槻中尉!!」
サクヤが命じるような声を出す。
「残念ながら、そのご命令には従いかねます」
コトネは澄ました顔のまま、手を止めることもなくそれを拒否した。
どうして分かってくれないの、と。サクヤは地団太を踏んだ。
「私はもういいの! いいのよ!!」
「何が、いいのよ。なんにもよくないわ」
叫ぶサクヤに、コトネが少し怒った声で言う。
「だ、だって……もう、戦争は終わったもの……だから、私の役目も、もう終わったでしょう……? 私は疲れたの。これで終わりにできるなら、それで……なのに、こんな、みんなを巻き込んでまで……そんなの、私、絶対に嫌!」
自分でも何をいったらいいのか分からないのだろう。サクヤは支離滅裂な言葉を繰り返す。
「何を言っているのよ」
その耳元で、コトネが低い声を出した。本気で怒っている時の声だった。
「こっちだって、絶対に嫌よ。アンタを死なせるもんですか。何が何でも、アンタには幸せになってもらうのよ」
当たり前だ。あんなに頑張ってきたのだから。
たった一人で、こんなになるまで頑張ってきたのだから。
その報いが、こんな結末なんて。そんなの、絶対に認めない。
「ねえ、サクヤ。分かってないかもしれないから言っておくけれど。私たちはみんな、貴女に助けられたの。それは戦争を終わらせたからってだけじゃない。私たちの生き方も含めて、救ってくれたのよ。だから、今度は私たちの番なの。だからね」
黙って助けられてなさいと言って、コトネは縄を解く作業に戻った。
「ああ。連隊長のためなら、俺ぁ死んだっていいぜ」
コトネとの会話を聞いていたのか。近くにいた兵が陽気な声で言う。
「そんなことを言うのは辞めて!!」
反射的にサクヤは怒鳴った。
死というものがどれほど無残で、残酷で理不尽なのか。それを戦場で嫌というほど見てきたはずの彼らに、そんなことを軽々しく口にして欲しくなかった。
しかし、その兵は怒鳴る彼女に笑みを向けると言った。
「それじゃあ、みんなで一緒に生きて帰りましょう。連隊長。それが嫌だってんのなら、やっぱり俺たちもここで死にます」
彼の言葉に、サクヤは何も返せない。
それは彼女がこれまで、何度も繰り返してきた言葉だからだ。
みんな一緒に帰りましょう。生きて、無事に。
今までは、誰に言うだけだったその“みんな”の中には自分も含まれていたということを、今さらのように実感する。
「……ごめんなさい」
諦めたような小声で、サクヤがぽつりと零す。
「こういう時は謝るんじゃなくて、ありがとうと言うのよ」
後ろから、コトネがぴしゃりと言った。
「……うん。ありがとう、みんな」
ぎこちなくお礼を言ったサクヤに、男どもが夢見るような笑みで顔を蕩けさせる。
「よーっし! いっちょやったりますか!」
「おおよ! かかってきやがれ!!」
「御国も陛下も知ったことか! 俺たちに敵うのがこの世にいるかよ!!」
「こっちにゃ歩く軍神様がいるんだ!」
「降格したけどな!」
「お前らな……」
「……ったく。本当に。男ってやつは」
突然、元気いっぱいにはしゃぎだす男ども。それにコトネが苛ついた調子で舌打ちをしたところへ。
「わーははははははははははは!!」
突如、高らかな笑い声が営庭に響いた。
その場にいる全員が、困惑した様子で辺りを見回す。
あっ、と。笑い声の主を発見したらしい兵の一人が頭上を指さした。
全ての視線が集中したその先には。
「助けに来たぞ! サクヤ!!」
コウが、塀の上で仁王立ちしていた。




