第十九話
「そんなに気に入ったのなら、俺のも食うか?」
四つあった練り菓子を全て食べきってしまい、悲しそうに空っぽの皿を見つめているサクヤへ、苦笑を浮かべたソウジがまだ手付かずだった自分の皿を差し出しつつ言った。
「え、でも、こんな美味しいもの、食べなくちゃもったいないよ」
そう遠慮しつつ、サクヤの視線は差し出された皿に釘付けだった。ソウジはふっと笑みを零すと、座卓の上に身を乗り出してサクヤの皿をさっと取り上げた。代わりに、自分の皿を彼女の前に置いてくる。
「構わん、構わん。大体、茶菓子なんぞ参謀総長殿に付き合わされて、散々食っているからな、俺は」
「……そ、それじゃあ」
気にするなと言った彼へ、申し訳なさそうにしながらも結局誘惑に耐えきれなかったサクヤは、再び自分の前に揃った四つの練り菓子へ幸せそうな微笑みを向けた。
と、そこへ。皿の真ん中にぽとりと、五つ目の菓子が落ちてきた。
「え?」
驚いたサクヤが顔を上げると、そこにはコウの何でもなさそうな顔があった。
「まぁ、三つも食えば十分だな」
なんてことを言いながら、コウは座卓に思いきり背中を押し付けた。
「コウ君……」
その彼へ、サクヤは妙に神妙な面持ちで呼びかけた。
「な、なんだよ? 好きなんだろ、甘いもの。俺はそうでもないからな……それとも、あれか、一つじゃ不満か」
サクヤの視線に、コウは少したじろいだように咳払いをすると言った。そこへ。
「ありがとう!」
弾けるような笑みとともに、感謝の言葉が飛んでくる。
「お、おう」
コウは頬を掻きながら、そっぽを向いた。その顔には、砂糖菓子などよりも余程甘いものを食べたような表情が浮かんでいる。
その横では、ミツルが必死に笑いを噛み殺していた。
他の三つをぺろりと平らげておいて、自分は甘いものがそれほど好きじゃないとか何を言っているんだと可笑しくて堪らないのだった。しかし、なんとも健気なコウの様子に、時々、中隊の隊舎に届けられる菓子を人よりも一つ、二つと多く盗っていることについては黙っておいてやろうと思った。
そんなやり取りがあったからか。
先ほどまでの沈黙は嘘のようにどこかへ行ってしまった。甘味に舌鼓を打ちつつ、彼らは止まっていた時間を取り戻すように、他愛のない会話に花を咲かせる。
「それにしても、サクヤ。アンタ、随分と髪を結うのが上手くなったわね……」
サクヤの髪を手櫛で梳きつつ、コトネが不思議そうに言った。昔から、不器用なサクヤの髪を結うのは彼女の仕事だったのだ。
「ま、まぁね……ほら、私も女の子だから」
それに、視線を宙へ彷徨わせながら誰かが言っていた言葉を口にするサクヤ。
「あらま。色気づいちゃって」
コトネが可笑しそうに噴き出した。
「もしかして、好きな男の子でもできた?」
冗談っぽく、彼女がそう口にした瞬間だった。
「まて。聞いていないぞ、木花」
「駄目とは言わないが、サクヤにはそういう話はまだ早いんじゃないか?」
「絶対に許さんぞ」
「相手について教えてもらえるかな。名前だけで十分だから」
一斉に、男たちの声が重なった。
「え? なに? 何が?」
「ほんっとに……この男どもは……」
驚いて彼らを見回すサクヤの横で、コトネは一人頭を抱えていた。
「サクヤだって、もう十九歳よ? 素敵な恋の一つくらい、していたっていいじゃない」
「そういうお前はどうなんだ?」
叱るように言ったコトネへ、男どもの中で一番険しい顔をしていたコウが聞き返す。
「私は、別に……」
「おいおい、君はもう二十歳だろう? 誰か一人くらい、そういう相手はいないのか?」
唇を尖らせ、拗ねたように答えた彼女へソウジが嘆くように言った。他の連中も同様に、やれやれと頭を振っている。
「ねぇ。なんで私とサクヤで、そこまで対応が切り替えられるわけ? アンタたち」




