016
――そして。
「放て――!!」
荒笠マレツグの号令とともに、快晴の空へ叩きつけるような銃声が木霊した。
銃声が過ぎ去った後。サクヤは暗闇の中で荒い息を吐いた。
まだ生きている。
どういうわけだか、銃弾はただの一発もその身を掠めてすらいない。
どうして――?
どうして、こんなことをするの!?
早く! 早くして!!
混乱する頭の中に、マレミツがわざと外したのではないかという疑問と憤りが渦となって吹き荒れる。
怖い、怖い、怖い!!
早く終わらせて!!!!
恐怖に駆られて、そんなことを望んでいるサクヤの耳に。
「な、何事だ!?」
営庭の反対側から、荒笠マレミツの戸惑ったような怒鳴り声が聞こえた。
突然の怒声にびくりと身を震わせたサクヤだが、そこでようやく、何かがおかしいことに気が付いた。
そういえば、先ほどの銃声も銃殺隊がいるはずの正面からではなくて、まったく別の方向から聞こえたような。
そんな疑問をサクヤが思い浮かべたところで、周囲がにわかに騒がしくなった。
争うような喧噪とともに、無数の足音が営庭に雪崩れ込んでくる。それに再び、マレミツが怒鳴り声をあげた。しかし、足音は止まらず。それはサクヤを取り囲むようにして。
「連隊長殿! お救いに上がりました!」
目隠しをされたまま銃殺台に縛り付けられているサクヤの近くで、彼女の知っている誰かが叫んだ。
「え……?」
茫然とした声がサクヤの喉から漏れる。
今の声は確か――
「ちょっと! 待ちなさいって言ったでしょうが!」
記憶の中からそれを探り当てる前に、さらに別の声が響いた。
叱責を飛ばす彼女のその声を、サクヤが聞き間違えるはずがない。
「コトネ……?」
暗闇に向かって呼びかけると、返事の代わりに優しい手のひらがサクヤの頬を撫でた。
「遅くなったわね、サクヤ」
詫びるような声とともに、目元を覆っている布が外される。そこにはやはり、コトネの顔があった。
「ああ、もう、やっぱり。こんなに泣いちゃって……アンタたち! こっち見るんじゃないわよ!!」
彼女は背後にいる男どもを怒鳴りつけてから、手巾を取り出すと涙でぐちゃぐちゃになっているサクヤの顔を慈しむような手つきで拭っていく。
「コトネ、どうして……?」
夢から覚めたような顔で、サクヤが尋ねる。
「アンタを助けに来たのよ」
当然でしょうと、コトネは答えた。
「そんな」
信じられないという顔で、サクヤは周りを見た。
周囲では彼女を守るように、第587連隊の兵たちが円陣を組んでいる。
「みんなまで……」
「俺たちだけじゃないですよ」
どうしてと繰り返すサクヤに、兵の一人がにっこりと笑いかけた。
それはどういう意味かと訊こうとした彼女の耳に、もう一人、聞き慣れた声が届く。
「まったく。どいつもこいつも、勝手なことばかりしやがって……」
ぼやくように言いながらやってきたのは、もちろんミツルだった。その背後には須磨曹長を始めとした、第5中隊の兵たちが続いている。
「ミツル君も……?」
「やあ、サクヤ。助けに来たよ」
現実を疑うような顔で呼びかけたサクヤに、彼は穏やかな笑みで応えた。
「貴様っ、邑楽大尉!!」
その姿を見つけた途端、営庭の反対側でマレミツが怒声を張り上げた。彼の背後では、ともに処刑を見守っていた将校たちが蒼い顔で事の推移を見守っている。
「貴様ら、何をしているのか分かっているのか!? その小娘は国家叛逆の大罪人なのだぞ!!」
「知ったことかよ、大馬鹿野郎」
サクヤを指さして喚くマレミツに、兵たちが罵るような唸りを返す。
それに一瞬、彼は信じられないという顔で絶句した。
恐らく、兵卒風情にそのような口を利かれたことが、これまでの生涯でただの一度もなかったからだろう。
「邑楽大尉!!!」
数度、口をぱくぱくさせている間に丸顔をすっかり茹で上がらせたマレミツが怒鳴った。
「は。参謀総長閣下」
ミツルはさっと背筋を正して応じた。
「その兵を直ちに処罰せよ!」
「お断りします」
「では、認めるのだな? 自分が叛乱の首魁であると……」
あっさりと命令を拒否したミツルに、マレミツが軋るような声が問う。
「というよりも、彼らは自分に従ってここへ来たわけではなく、勝手に着いてきただけです。ですので、首魁は誰かと問われれば、いま閣下に銃を向けている者全員が首魁という話になります」
困ったものですねとでもいうように、ミツルは肩を竦めた。




