011
それはきっと。恋も愛も知らない彼が、懸命に考えて出した答えだったのだろう。
コウが言い終えた後。ソウジはしばし、茫然としていた。
ようやく、自分が酷い勘違いをしていたのだと気付く。
彼はサクヤに関する問題を、何処までも政治的な問題として捉えていた。
それは確かにそうなのだが、サクヤの処刑については、あくまでも政府や議会といったこの国の為政者にとって、という前置きが付く。
彼らにしてみれば、事はもっと単純な話だったのだ。
それは例えば、悪代官に囚われた町娘を助けにゆくというような、枕元で子供に語って聞かせる絵巻物語のような、そんな話なのだ。
「……嫌な未来だな、それは」
話を黙って聞いていたらしいシュンが、ミヤコお手製の寝台の上で小さく噴き出した。
「まったくだ。考えたくもない」
同じような笑みを零しながら、ミツルが彼の呟きに乗っかる。
「いつか、サクヤがそんな男を連れてくるかもしれないと怯えて過ごす日々なんて……」
――嗚呼。それは。
きっと、楽しい日々なのだろう。
しかし今。その未来は奪われようとしている。
ろくでもない為政者たちの、下らない自己保身のためだけに。
ならば。
「……そうだな」
何かを諦めたように。或いは、何かを投げ出すように。ソウジはミツルたちに頷いた。
国が何だ。軍が何だ。自分たちが軍人だから、何だと言うのだ。
「そうだ。今さら、何を迷うことがある。木花の、あいつのために」
老人どもの政治とかいう老後の暇つぶしに、どうして自分たちが付き合ってやらねばならないのだ。どうして我慢してやる必要がある。
「木花には、幸福になる権利がある」
ソウジは断言した。
「そして、俺たちにはアイツを幸福にする義務がある」
自らの胸を右手の親指で指して、彼は続けた。
覚悟を決めたらしいソウジの顔を、ミツルとコウも同じような顔で見つめ返している。
そうだ。だから、その為ならば、俺たちは。
三人がまったく同じ言葉を思い浮かべたその時だった。
「――アンタたち、ほんっとうに何も分かってないのね」
呆れ果てたような溜息とともに、コトネが口を開いた。
「ねえ。戦争が終わってからも、どうしてサクヤが寂しそうなのか、分かる?」
唐突な彼女の問いかけに、男たちは揃ってきょとんとした顔で首を振った。
それにコトネはますます呆れ返ったようだ。
「……ソウジ。アンタ、大陸で再会してから、一度でもあの子を名前で呼んであげたこと、ある?」
眉間を揉みながら尋ねる彼女に、ソウジは記憶を辿るように視線を宙へ向けた。やや間をおいてから、分からないというように肩を竦める。コトネの質問にいったい、何の意味があるのかすら分かっていない様子だった。
「そりゃ、サクヤの気持ちなんて分かりっこないでしょうね」
わずかに声を怒らせて、彼女は言った。
「あのね。私たちの後を追って軍に入ったあの子が、戦場でようやくお兄ちゃんと再会できたと思ったら、そのアンタはあろうことか自分を“木花少佐”なんて呼んだのよ? その時のサクヤが、どれほど寂しい想いをしたと思うの?」
再会した時のサクヤは中佐だった。そう訂正しようとしたソウジだが、コトネに一睨みされて押し黙る。
「言っとくけど。アンタたちも同罪よ」
やり玉に上がっているソウジから距離をとるように、我存じぬという顔をしているミツルたちにも叱責が飛んだ。
「いいこと? サクヤが本当に望んでいるのはね。きっと、昔みたいに私たちと仲良く暮らすことなのよ。軍も、階級も関係なく、ただの、本当の兄妹みたいにね。たったそれだけのために、あんなことまでして戦争を終わらせたの。その程度のことも分からないくせに、何が、サクヤの幸せがー、よ」




