009
識防シュンが琥翠堂に到着したのは、ソウジがこれまでの経緯を説明し終えたのとほぼ同時だった。
「分かっているわね?」
一様に頬が赤く腫れている男どもの前に立ったコトネが、確かめるように訊いた。
「ああ」
シュンは言い訳をしなかった。
次の瞬間、コトネの手の平が彼の頬を勢いよく張った。弾けるような音とともに眼鏡が勢いよく吹き飛び、地面に転がる。
強制的に横を向かされたシュンが顔を正面に戻したところで、今度はその鼻先に拳が突き刺さった。
シュンは上体を大きくのけ反らせながらも、どうにか踏ん張った。
口の端からわずかに血を滲ませながら、それでも澄ました表情を崩さない。そんな態度が気に障ったのか。
コトネは最後に、シュンの股間を思いきり蹴り上げた。
遂に彼の身体が地面に沈む。
苦しそうに身を震わせて地面に跪いた彼を、コトネが仁王立ちで見下ろす。
その背後には、男三人が青褪めた顔で並んでいた。
「いらっしゃいま――だ、大丈夫ですか!?」
来店を知らせる鈴の音に振り向いたミヤコが大声をあげた。
それはまあ。軍服を着た男たちが揃いも揃って満身創痍の有様で入ってくれば驚きもするだろう。しかもそのうちの一人は両脇を支えられ、自分の足で立つこともままならない様子なのだ。
「あー……なんて言うか、その。大丈夫だ。少し休ませてやれば」
その痛みを女性にどう説明したら良いものか分からず、ソウジは言葉を濁した。
「な、何かあったんですか……?」
彼の頬にも殴られたような跡があることに気付いて、ミヤコが心配そうに尋ねる。
「いや、なんと言ったらいいか……」
「心配するようなことは何もないわよ」
彼女に答えようとしたソウジを、コトネの声が遮った。男たちが一斉にびくりと身を震わせる。彼らの反応に、ミヤコがきょとんとした顔を浮かべていると、男たちを掻き分けるようにコトネが入ってきた。
「あら。中々、良い雰囲気のお店じゃない。店員さんも可愛いし」
彼女は店の中をさっと見渡すと、最後にミヤコに目を留めて笑いかけながらそんなことを言った。
コトネはその辺にでも転がしておけばいいと言ったが、ミヤコはお客様を床に寝かせるわけにはいかないと、シュンのために並べた椅子の上に毛布を掛けた簡易的な寝台を用意してくれた。
そこにシュンを横にさせてから、彼女は顔が赤く腫れている男たちに手拭いを濡らして持ってきた。
「済まない。無理をいって、こんな時間まで店を開けてもらっているのに」
ミヤコからの気遣いを受け取りながら、ミツルがそんなことを言って詫びる。それに彼女は笑顔で応じた。
「気になさらないでください。好きでやっていることですから」
そんなミヤコの言葉に、そもそも女性からの気遣いなどというものに縁のなかった男どもが感動したような目を彼女に向ける。
「とはいっても、何もお出しできないのですが……」
「いや。十分以上のもてなしだよ。ありがとう」
申し訳なさそうな顔の彼女へミツルが姿勢を正して頭を下げた。それにソウジとコウも口々に礼を言いながら倣う。コトネの舌打ちが店内に響いた。




