008
「……銃殺、ですか」
参謀総長執務室で、荒笠マレツグはたった今祖父から告げられた言葉を、そっくりそのまま繰り返した。その顔は普段のような無表情ではなく、わずかに動揺の色がある。
「当然だ。なにを驚いておる」
荒笠マレミツは、孫の反応に意外そうな表情をつくると言った。
「国家叛逆を企てた者は誰であろうと極刑をもって裁かれる。そして、木花少佐は軍人だ。ならば、銃殺以外の何をもって、その罪を償うと言うのだ」
「しかし……」
断定的な口調の祖父に、マレツグは口を開きかけて、そしてすぐに閉じた。何かを捨て去るように目を瞑り、そして尋ねる。
「それは決定事項なのでしょうか」
乾ききった諦観で満ちた声。
「無論。決まったことだ」
それにマレミツは断固とした顔で頷く。
「どうした。まさか、あの小娘に情でも移ったのか?」
自分たちの決定に了承していない様子の孫に、彼は眉を潜めた。
「あの小娘は軍にとって、いや、御国にとっても危険すぎる。聞けば、昨夏の近衛不祥事件の際にも、守備隊の一部が軍命を待たずして木花少佐救出のために動いたというではないか。これは由々しき事態だとは思わんのか、お前は」
「それは……」
確かに。問題の取り方によってはそうかもしれない。軍人が正規の命令を待たずして独自の判断、私情によって動いたとなれば、それは確かに指揮統制上の問題ではある。
だが、あの時はあれでよかったのではないか。
そう答えようとしたマレツグだが、祖父は彼の意見など聞かなかった。
「それに、あの怪文書事件だ。たった一人の少佐の存在が、軍全体の士気や統制に影響を及ぼすなどあってはならんことだ」
「そう……ですね」
そうですかと、マレツグは聞き返せなかった。
どの道、祖父が彼の意見に耳を傾けたことなどない。祖父が彼に何かを言う時は、すでに全てが決定した後だった。
「何よりも。今回、あの小娘の企みを明るみにしたのは、お前から提出のあったあの手紙なのだ。あれは、恐らく、あの賊徒が自らの死後に、その計画をあの娘に引き継がせようとしたのだろう」
決めつけるようなマレミツの言葉に、マレツグは反論することを諦めた。
彼はそんなつもりで、あの時、サクヤから預かった七倉ヤトの手紙を提出したわけではない。その内容を読み、自らの立場上まったく妥当な判断として上に報告したのだ。
事実、そこに記されていた情報は軍にとって、そして帝国の治安維持においてこの上なく有益だった。手紙から得られた情報によって、帝国軍はこの冬だけで国内の叛乱分子をほぼ一掃できたと言っていい。
そして、たとえどのような意図で七倉ヤトがその情報を木花サクヤに与えたのだとしても、そこに彼女が国家叛逆を企てているというような事実は何一つなかった。
だが、祖父の頭の中には違う現実があるらしい。
それは恐らく議会、そして政府も同様なのだろう。
全てが憶測、推論、奇妙な論法と思い込みで成り立っているにも関わらず、すでに彼らの中ではそれが真実になっているのだ。
何故こんなことになったのか、などと言う疑問を、今さらマレツグは抱かない。
元々、軍上層部と議会は木花サクヤを危険視していた。
マレツグが言ったように、近衛叛乱事件の際、守備隊が独断で彼女の救出に向かったことからも分かるように、すでに兵たちの忠誠は帝国ではなく、木花サクヤ一人に向けられていることは明白だったからだ。
そして昨年末の第1151開拓村制圧任務で改めて、第587連隊の実力を見せつけられた軍と議会は一種の恐慌状態に陥った。
即ち。もしも木花サクヤが叛乱を起こしたら。その時、自分たちにはそれに対処できる力も術もないのだと思い知らされたからだ。
そこへ、今回の叛乱の首魁である七倉ヤトから彼女へ手紙が送られたという報告が舞い込んだ。彼らはそれに飛びついたのだ。
軍上層部と議会は、叛乱の首魁から手紙を受け取ったという事実のみを拡大解釈した。
要するに、手紙の内容などどうでもよかったのだ。
疑わしきは処断せよということだろう。
そしてこの国の権力の座に腰を下ろす者たちは、およそこの世の総てを疑っている。
恐ろしいほどに単純な真実であるが、それが全てで、それだけだった。
そして。そうであるからこそ、やはり。彼らは何一つ分かっていない。
途方に暮れた心境で立ち尽くす孫の心中など知ろうともせずに、マレミツはまるで褒美をとらせるような口調で告げた。
「木花少佐の銃殺は速やかに執行される。荒笠中佐。貴官にはその銃殺隊の編制と、指揮を任せることにした」
「自分が、ですか」
マレツグは祖父の命令を、愕然と受け止めた。
「そうだ。そして、これが済めばようやく、お前も大佐だ」
マレミツが励ますように孫の肩を叩く。
「わしもようやく、安心して後進に席を譲れるというものだ」
「……そうなれば、良いですね」
そうなれば。きっと。もう誰も彼らを止めることはできない。
そう悟ったマレツグは、自分の中に最後まで残っていた何かを今、諦めた。




