001
その日。帝都の空は前日まで降り続いていた雨が嘘のように晴れ渡っていた。
春霖の恵みをたっぷりと浴びた若草が陽光に輝く丘の上では、千年桜が今年もまた盛大に花弁を咲き誇らせている。
しかし。
麗らかな季節の到来を告げる桜の木が見下ろす帝都では今、一人の少女が銃殺に処されようとしていた。
帝都の一画を占める、参謀本部を始めとした陸軍省の施設群の一つ。普段は射撃訓練に使われる、高い塀で周囲を囲まれた営庭には一本の柱が打ち立てられていた。
そこへ鎖に繋がれたサクヤが、二人の兵に先導されながら姿を現す。
力無く項垂れた顔に表情は無く、両手首に嵌められた枷から伸びる鎖を引かれて歩く様からは抵抗の意思すら見てとれない。
彼女の後に続いて、荒笠マレツグ中佐が営庭へとやってきた。銃を担いだ五名の兵を従えた彼の後からは、祖父である荒笠マレミツ大将が。そして数人の大佐や将官たちが続く。
営庭に立つ柱のもとまでサクヤを引き立てた兵は、そこにサクヤを縛り付けた。
塀に背を向ける形で首と両手、腰を縄できつく締めあげられて、強制的に胸を張る格好になったサクヤの前に、マレミツが立った。
彼が率いてきた兵たちは、縛られたサクヤから少し距離を取った位置で横並びに整列している。
マレツグは懐から一枚の書状を取り出すと、反対側の塀際に居並ぶ上官たちへ確認するような目を向けた。中央に立つマレミツが頷きを返す。
「この者は、帝国陸軍軍人という立場でありながら兵を私用し――」
機械的な声で読み上げられるサクヤの罪状を聞いた兵たちが、戸惑いの色を浮かべる。
彼らは今日この日まで、誰が処刑されるのか。そしてなぜ、処刑されるのかさえ知らされていなかったからだ。
塀際に並ぶマレミツたちの反応は、その反対だった。どこか清々しそうな表情で、淡々と進むその情景を見守っている。
「――以上だが。何か、言い残すことはあるか、木花少佐」
罪状を読み終えたマレツグが、サクヤに訊いた。
「……早く終わらせてください。とても、怖いので」
彼女は健気な笑みを浮かべると、震える声でそう頼んだ。
「……本当に、それで良いのか」
わずかに、悔しさのようなものを滲ませてマレツグが問う。
「良いんです」
サクヤは彼に微笑んだ。
「戦争は終わりました。きっと、これからは戦いの無い日々がやってきます」
差し出される全ての手を振り払うような眼差しでマレツグを見つめながら、彼女は言った。
「だから、もう良いんです。……きっと、そこに私は必要ないから」
最後に小さく紡がれたその言葉は、もしかしたら七倉ヤトの言った言葉と同じ意味なのかもしれない。
それを聞いたマレツグは諦めたように肩を落とすと、サクヤの目元を布で覆った。
思えば、自分の人生は中々大したものだったのではないか。
真っ暗になった視界の中で、サクヤは自分を奮い立たせるようにそう思った。
戦争は終わらせた。約束は果たした。幾つかの小さな願い、たとえば一日中眠って過ごすという贅沢な夢も叶えた。
後悔は無数にあれど、思い残すことは一つもない。
つまり、自分はやりたい放題やったのだ。
ならば、罰を受けるのは至極当然なことだと思った。
自分の命一つきりで、死なせてしまった沢山の人々への償いになるとは到底思えないけれど。それでも。
「構え!!」
サクヤから離れ、銃殺隊の脇に立ったマレツグは怒号のような号令を張り上げた。
いや。実際に、それは怒号だったのかもしれない。この現実を作り上げている何もかもへの、せめてもの反抗として。
「狙え!!」
矢継ぎ早に命令を飛ばす彼に、兵たちは戸惑う暇も迷う隙も無く従った。
「……よく狙え。決して外すな。彼女に敬意を払え」
最後の号令の直前にマレツグがそう小さく付け足した。
軍隊は一人の人間を一個の凶器に変える。そして、決してそれを恥じることはない。
けれど、凶器を扱う者は恥を知るべきだ。そう思ったからだった。
そして――
「放てっ!!」
快晴の空に、叩きつけるような銃声が木霊した。




