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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第四章 第1151開拓村決起
182/205

029

 指揮所を出たサクヤは、外で待っていた兵に馬車まで案内された。

「どうか、お気をつけて」

 馬車の扉に手を掛けたサクヤへ、兵が名残惜しそうに別れの言葉を掛ける。

 それにサクヤはどうにか笑みを作って応えた。首まで真っ赤に染まった彼から目を離して、馬車の扉を開ける。すると、そこには。

「貴女は……」

 馬車には、すでに人が乗っていた。

 長い黒髪の、楚々とした面立ちの女性を見て、サクヤが思わず驚きの声を漏らす。

 女性もまた、サクヤを見てわずかに驚いた表情を浮かべていた。

「織館ヒスイさん?」

「木花サクヤ少佐、ですね?」

 互いに名を呼び合って、どちらともなく会釈をする。

 しかし、それ以上会話は続かなかった。

 ヒスイは寂しげな顔を小さな窓の外へ向け、座席に乗り込んだサクヤもまた黙って彼女の前の腰を下ろす。扉が閉まり、奇妙な緊張感が漂う中、馬車が走り出した。


「……結局、街の中を見ることはできませんでした」

 ヒスイが初めて口を開いたのは、馬車が走り出してからしばらく経ってからだった。

 どうやら、前部座席に座った彼女にはまだ窓から街の姿が見えていたらしい。

「……みんな、死んでしまったのですか」

 擦れた声で、ヒスイが訊いた。

「はい」

 それに、サクヤは窓の外へ顔を向けたまま頷いた。

「本当に? 誰一人残さず?」

「はい」

 お互い、顔を合わせることもなく短い問答が続く。

「……彼に。七倉大尉には会いましたか?」

 これが最後というように、ヒスイが尋ねた。何かを抑え込むような声だった。

「ええ」

 サクヤはそれにも、短く答えた。

「そうですか……」

 ヒスイが小さく、溜息を吐く。それきり、二人は黙り込んだ。

 サクヤはそれ以上、言うべき言葉を見いだせず。ヒスイは何かに耐えるように目を瞑り。

 そのまま帝都に着くまで、車内は無言だった。


 馬車が急停車したのは、帝都まで目と鼻の距離だった。

 何事かと顔をあげたサクヤの前で、断りもなく扉が開かれる。

「織館ヒスイさんですね?」

 そこに立っていたのは、陸軍の正装に身を包んだ眼鏡の男だった。

「シュン君?」

 彼を見たサクヤが驚きの声をあげる。しかし、彼はそれに答えなかった。

「織館ヒスイさん、こちらへ。貴女の身柄は我々が預かります」

 そう言って、シュンはヒスイを促すように馬車の外へ腕を伸ばした。そこには、いつの間にか別の馬車が横付けされている。

「貴方は?」

 ヒスイは落ち着いた声音で、シュンに尋ねた。どうやら、こうした事態になるかもしれないことは予想していたらしい。

「陸軍参謀本部第二部の、識防シュン中佐です。どうか急いで。誓って、貴女の身に危害を加えるような真似は致しません」

「……そうですか」

 名乗ったシュンに急かされて、ヒスイが腰を上げる。

「ま、待って! ……ください。あの、そんな話は聞いていないのですが……」

 ヒスイを、というよりもシュンを呼びとめるために、サクヤが声をあげた。途中で自分よりも彼のほうが、階級が高い事を思い出したため、取り繕ったような敬語になる。

 ようやく、シュンの目がサクヤに向いた。

 サクヤが何かを期待しているような顔になる。

「申し訳ない。今は説明できない」

 しかし、彼が答えたのはそれだけだった。立ち上がったヒスイが、馬車を降りてゆく。

「まっ……」

 待ってと、もう一度口に出そうとしたところへ。

「ねぇ、木花少佐」

 馬車を降りたヒスイが振り返って、彼女に訊いた。

「貴女はこれから、どうするつもりなの?」

「これから……?」

 その突然の質問にサクヤは。

「私はもう、何もしないわ。何も」

 何もかもを手放したように首を振って、そう答えた。

「そう……」

 サクヤの答えに、ヒスイが唇を震わせて息を吐く。

「ずるいわ、あなたは」

 そして、糾弾するようにそう言った。

「誰も彼もが、貴女のために何かしようとしているのに。貴方はもう、何もしないなんて」

 ヒスイはそう言い切って、扉をばたんと占めた。

 言われた言葉の意味も分からないままに、サクヤは暗い車内で一人きりになってしまう。

 行け、というシュンの声が外から聞こえて、馬車が再び走り出す。

 それは参謀本部に着くまで、もう止まることはなかった。


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