第十七話
「そういえば、コトネは今なにをしているの?」
サクヤにとっては不可解な二人のやり取りのあと。途中、食事を挟んだせいで途切れていた話題を思い出したように彼女は尋ねた。それに、コトネは拗ねたような顔になって答える。
「私は帝都南部の開拓村で、開拓部隊の指揮を任されていますよ。みなさまと違って、私は華々しい軍功があるわけでもないし、階級も高くはありませんからね」
彼女の答えを聞いたサクヤはむしろ、大真面目な顔になると言った。
「立派なことだわ」
「……ありがと」
それが嫌味でも何でもない、本心からの言葉だと分かるくらいにサクヤのことを理解しているコトネは、照れくさそうな笑みを浮かべると小さくお礼を言った。
戦後復興の真っただ中である帝国では現在、その一環として食糧増産、復員してきた軍人や戦災者の就業確保のために、大規模な開拓事業を国策として行っている。
食事の際にソウジが口にした、開拓村というのがその拠点となっている場所だ。そうした開拓村は規模の差こそあれ、帝国各地に作られているのだが、そこで働いている者の多くは、前述したように復員してきた少年兵ばかりである。
仕方なく、或いは必然的に、開拓事業は軍によって主導される形となった。
コトネが指揮を執る開拓部隊というのは、軍が開拓の任に就かせるために編成した非戦闘部隊の事であった。
「開拓部隊と言えば」
サクヤたちの会話を横で聞いていたらしいシュンが、唐突に口を開いた。
「一つ、面白い話がある」
「なに?」
シュンの言葉に、コトネがびっくりしたように聞き返した。この男が突然、日との会話に割り込んでくることなど稀なので驚いているのだった。
「面白い話って?」
サクヤもまた興味をそそられたのか、くるりと身体を回して彼に向き直る。
「帝都北西、飛禅連山の麓にある開拓村で開拓部隊を率いている男の渾名なんだが」
「渾名って、ミツル君みたいな?」
そう首を傾げたサクヤに、ミツルは顔面を引きつらせた。
「俺の渾名については忘れてくれないか、サクヤ」
懇願するように言う彼の横で、コウがげらげらと笑い声をあげる。
「なんでだよ、かっこいいじゃねぇか。“歩く軍神”」
それに、やめてくれぇとミツルは悲鳴のような声を漏らした。
サクヤに“大佐さん”という愛称があるように、ミツルに付けられたそれは“歩く軍神”というものだった。どんな激しい戦闘でも銃弾飛び交う戦場をお構いなしに闊歩して指揮を執る、天才的な歩兵戦闘指揮官である彼を称えて付けられた渾名なのだが、呼ばれている方からしたら最初に考え出したヤツを呪いたくなるほど恥ずかしい。
「ところで、なんでお前らにはあって俺にはないんだろうな、渾名が」
ふと、本気でそう首を傾げたコウに、周りの者たちは微妙な沈黙で答えた。
彼にもちゃんと、渾名はある。“脳筋大尉”だの、“帝国陸軍の技術の粋を集めて作られた人型弾道歪曲装置”などという、主に兵士たちからの陰口だが。
「……それで? 不名誉な渾名くらい大して珍しくないわよ」
コウが影で何と呼ばれているのかくらい、この場の全員が知っている。なんとも言えない空気を、こほんと咳払いで打ち破ったコトネが先を促すようにシュンへ顔を向けた。
「そもそも、どんなヤツなんだ?」
サクヤと同じく興味津々と言った表情でコウが尋ねた。
「七倉ヤト大尉。士官学校では僕らと同期だった」
全員の視線が集まって、少しやりづらそうにシュンは答えた。
「ななくら? そんなヤツ、いたか?」
コウが首を捻る。その隣ではミツルも同じように、はてといった表情を浮かべていた。
変だな、とサクヤは思った。士官学校という特殊な環境では、同窓の者の顔と名前は絶対に憶える。別に強制されるわけではない。自然とそうなる。なれなければ、あの二年間は耐えられない。
不思議に思ってコトネのほうを見ると、彼女もまた記憶を探るように眉を顰めていた。
「……経歴詐称じゃないのか?」
三人の様子を見たソウジが言った。
「いや」
シュンは首を振った。
「彼は戦時中に、七倉家の養子になったんだ。旧姓は十束」
「十束! あいつか!!」
途端、コウが得心の言ったように膝を打った。
「ああ、十束か。いたな。あんまり人と関わろうとする奴じゃなかったが、その割に小隊演習をさせればなかなかの腕だった」
ミツルが思い出すように言った。在校時から、部隊指揮において士官学校始まって以来の秀才と謳われていた彼がそう言うのだから、七倉ヤトの実力も大したものなのだろう。それを裏付けるように、シュンが説明を続けた。
「戦時中は特務部隊を率いていたらしい。第45特務大隊」
彼が口にした部隊名を聞いて、コウは45(しご)ねぇと呟いた。
「ん? ちょっと待て。大隊長だったのか? さっき大尉って言ってなかったか?」
そんなコウの疑問に、ミツルが答えた。
「戦後に降格したんだろ。俺みたいに」
「ああ。なるほど」
納得したように頷いたあと、彼は改めてシュンへ訊いた。
「で、そいつの渾名がなんだって?」
もう一度、全員の視線が自分に集まったところで、シュンは口を開いた。
「“戦争狂”」
その一言に、座敷の中から音が消えた。




