025
「ねぇ、ねぇー、ヒスイお姉ちゃん。いつになったら外に出ていいのー?」
幼い妹を連れた少年が、退屈に身を捩るような声でヒスイに尋ねた。
「……ここ、やだ。くらい……」
兄の背中に隠れながら、妹も控えめな主張をする。
「もうすぐよ。きっと、すぐに出られるから。いい子にしててね?」
そんな兄妹に、ヒスイは取り繕った笑みで応じた。
彼らがいるのは、第1151開拓村のちょうど真裏にあたる山の中腹に建てられた丸太小屋の中だ。現在、この場所には第1151開拓村の非戦闘員、つまり幼い子供や女性を始めとした、一般住民たちが詰め込まれている。
突貫で造られたらしい小屋の中は火鉢で焚かれている火によって暖められているが、それ以外の居住性は皆無に等しい。天井に幾つかの通風孔が設けられている他に窓などなく、室内は薄暗かった。
出入りも禁止されているため、中にいる者たちは外の様子を窺い知ることもできず。板張りの床の上で身を寄せ合っている住民たちは、時折響いてくる重低音を耳にしては不安そうに顔を見合わせている。
もっとも、そんな不安に苛まれているのは分別のつく年齢に達している者だけだ。
幼い子供たちにとっては、せっかくの雪の日なのに屋内でじっとしていなければならないというのは、手足を縛られたようなものなのだろう。
「まったく、ちゅーいはなにしてるんだ。すぐ迎えにくるって言ってたのに」
兄妹の兄が、ここにはいない誰かを叱るようにむん、と鼻を鳴らした。
誰かの真似をしているらしいその仕草に、思わずヒスイがくすりと笑いを零したその時だった。
小屋の外から、鋭い誰何の声が響いた。誰かの声がそれに応じる。すかさず、銃声がそれに答えた。
暗がりのあちこちで押し殺すような悲鳴が上がり、ヒスイは弾かれたように立ち上がった。ふいに目を落とすと、流石の子供たちもこの事態に縮こまっている。
撃ちあうような銃声は数発響き、やがて途切れた。
誰もが息を潜めて小屋の戸を見つめていると、それが静かに開く。
「これは……」
開いた戸の隙間から顔を覗かせたのは、帝都守備隊の制服を着た陸軍兵士だった。
彼は薄暗い小屋の中を一通り見渡してから、思い出したように外へ向かって声を張りあげる。
「中隊長! こちらへ! 見つけました!」
その呼び声に、上官らしき人物が小屋の中へ姿を見せた。部下同様に室内の状況を確かめた彼の、生真面目そうな好青年といった面立ちに安堵とも憐憫ともつかない表情が過ぎる。
「第1151開拓村の住民の方ですね?」
彼は最も近くにいた少女へ屈みこんで尋ねた。優しそうな口調だが、先ほどの銃声ですっかり怯えてしまった少女はまともな返事も返せない。
それを見かねたように、ヒスイが彼の前へと進み出た。
「貴女は?」
「第1151開拓村責任者の、織館ヒスイです」
「失礼しました」
名乗ったヒスイへ、彼は詫びるように頭を下げた。それから、背筋を正して丁寧に応じる。
「帝都守備隊第二中隊指揮官の、穂高ユウ大尉であります」
ヒスイはそれに頷いた。
「ここにいる人たちは、何も知りません。抵抗するつもりもありません。子供もいます。乱暴はやめてください。もしも捕えると言うのであれば、私一人を……」
「ああ、少し落ち着いてください、織館さん」
住民を守らねばという一心で捲し立てるヒスイを、穂高が慌てたように遮る。
「我々は、あなたがたを保護するために来たのです。決して、傷つけようなどと考えてはいません。本作戦の指揮を執っておられる木花少佐からも、そう厳命されています」
彼の言葉に、ヒスイはほっと胸を撫でおろした。と、そこへ。
「あー! それ! たいいとおそろいだ!」
いつの間にかヒスイの後ろに来ていた、幼い兄妹の兄が穂高の襟に着いている階級章を指さして、大声をあげた。
「あ、ああ……お兄ちゃんもな、大尉なんだ」
穂高は無邪気な男の前で膝を曲げると、階級章を摘まんでみせる。
「へぇ―……じゃあ、おんなじくらいえらいんだ」
男の子は感心したように彼を見上げた。
「まあ、同じ大尉だからね」
「じゃあ、たいい、そとにでてもいい?」
「……もう少し待ってくれないかな。いい子にしてたら、すぐに出してあげるからね」
苦笑しつつ穂高が男の子の頭を優しく撫でる。なんだよ、まだだめなのかとぶつくさ言いつつも、男の子は静かになった。
子供の対応を終えた穂高は立ち上がると、近くにいた兵を手招きした。
「……外の死体を片付けろ。子供たちには見せるな」
「はい」
表情を引き締めて呟いた穂高の声に、ヒスイは背筋を震わせた。
「あの、大尉」
囁くように彼女は、穂高を呼んだ。
「私は先に出ても?」
「ああ。ええと……」
迷うような穂高の顔。
「大丈夫です」
それにヒスイが力強く頷いて見せる。
「……分かりました」
彼は観念したように肩を竦めて、彼女を小屋の外へと促した。




