022
今日から一日二回更新です。
「お待ちください!」
屋敷から銃声が響くなり、即座に行動を起こしたコウの行く手を駒塚が遮った。
「邪魔だ!!」
一喝とともに、コウの渾身の蹴りがその腹に食い込む。呻きながら地面に転がった駒塚へ、瀬尾が素早く飛びついた。
「大尉殿、行ってください!」
「ここは我々が!」
瀬尾に加勢した伊関も叫ぶ。
「おう!」
その場を二人に任せて、コウは屋敷に踏み込んだ。
薄暗い廊下を一気に駆け抜けて、突き当りの襖を蹴破る。
「サクヤ!!」
飛び込んだその先で、彼は畳の上に崩れ落ちているヤトと、それを茫然と見下ろすサクヤの姿を見つけた。
「サクヤ……」
乱れた呼吸を一息で整えたコウが、静かに呼びかけた。しかし、サクヤに反応はない。
「サクヤ」
座敷へ踏み込みながら、もう一度呼ぶ。けれど、やはり。サクヤは彫像のように立ち尽くしたままだ。
「サクヤ!」
コウは近づいて、彼女の肩を乱暴に揺すった。
ようやく、サクヤの瞳が彼を映した。
「ああ。コウ君……」
まるで抜け殻のような声で、サクヤが答えた。
「しっかりしろ。どうした、大丈夫か?」
そんな月並みな言葉を口にしてどうなると、自らの語彙力の低さを罵りながら、コウは言葉を掛け続けた。
「だいじょうぶ」
応じるサクヤの声は、まるで子供のようだった。
それでも、コウは頷いた。
何があったのかは聞かない。いや、聞くまでもない。
七倉ヤトはどう見ても死んでいる。畳は夕日よりも赤く染まっていた。
そして、まだ微かに硝煙の立ち昇る拳銃を手にしたサクヤの全身は、血でべっとりと濡れている。見た限り、怪我をしている様子はない。返り血だろう。
ならば、ここで何があったかなど。
「口に血が付いてるぞ、サクヤ。切ったのか?」
服を濡らしているのとは別に、彼女の唇が真っ赤に染まっていることに気が付いて、コウが心配そうに訊いた。
言われて初めて、サクヤも気が付いたらしい。口についていた血を指で拭うと、それを不思議そうに見つめた。それから、もう一度足元のヤトへ目を落とす。
「……わたしが」
「良いから」
何か言いかけた彼女をコウが遮った。
「ここを出るぞ」
肩に手を置いて促すと、サクヤは素直に従った。
しかし、座敷を出ようとした二人の前に、駒塚が立ちはだかった。
「てめえ……!」
咄嗟に、コウがサクヤを庇うように前に出る。
「す、すみません、大尉殿!」
駒塚の後ろから、瀬尾達が大慌てでやってきた。
コウの口からほっとしたような息が漏れる。二人とも顔に殴られた跡があるが、それ以外は無事のようだった。
と、わずかに警戒を緩めたコウの脇を駒塚が無言のまま通り抜けた。
「おい!」
自らをサクヤの盾にしたまま、コウが呼びとめるように怒鳴る。
しかし、駒塚はそれに答えず。まっすぐに倒れているヤトへ近づくと、丁寧な手つきで遺体を仰向けにさせて、両手を腹の上で組ませた。
「お疲れさまでした、七倉大尉殿」
「これで、叛乱もお終いだな」
ヤトへ敬礼を送る彼の背中に、コウのぶっきらぼうな声が掛かった。
「そのようですね」
振り返った駒塚は、無精ひげの目立つ口元をにやりとさせて応じた。それから、コウの背に守られているサクヤへと目を向ける。
「木花少佐殿。全てが終わった後に、これをお渡しするよう大尉殿から命じられておりました」
言って、彼は懐から一通の封筒を取り出した。
「はあ……」
空返事とともに、サクヤがそれを受けとる。
「さて。これでようやく、自分は任されていた仕事を全うできました」
肩の荷を下ろすように、駒塚は武骨な顔面に満足そうな笑みを作った。
「戦闘もだいぶ落ち着いてきたようですな。お祭りも、そろそろお開きですか」
「楽しかったかよ」
小馬鹿にするようにコウが尋ねる。
「ええ。存分に」
駒塚はそれに笑顔で返した。
「そうかい……」
コウがふんと鼻を鳴らす。
「では、自分もこのあたりで」
言って、駒塚が拳銃を取り出した。
「何をっ!?」
怒鳴るコウには応えず。彼は取り出した拳銃を自らのこめかみに当てた。
「やめて!!」
コウの背後で、サクヤも叫んだ。何かを掴むように、駒塚に向けて手を伸ばす。
「おさらばです」
そんな制止の声をあげる二人に満面の笑みを向けたまま、彼は引き金を絞った。
乾いた破裂音とともに、その頭が大きく横へのけ反る。そのまま、糸の切れた人形のように巨体がどさりと畳の上に転がった。
「あぁ……」
手を伸ばしたままだったサクヤの喉が震える。
硝煙と血の臭い。真っ赤に染まった壁や畳。その中に沈み込む七倉ヤトと、かつて少年だった誰か。もう、誰も救えない彼らの結末。
その全てが受け入れられずに。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
絶叫とともに、サクヤはその場に崩れ落ちた。




