021
「さぁ」
急かすようにヤトが言う。
応じるようにサクヤが拳銃を抜いた。
腕力の無い彼女でも扱えるようにと選ばれた、小口径の銃口がヤトを捉える。それを見た彼の口元が、安堵するように綻んだ。
けれど、銃を持ちあげたまま、サクヤは固まってしまった。
見れば、銃を握る手は酷く震えている。
「……笑っちゃうでしょう?」
手だけではなく、全身を激しく震わせながら、自嘲するようにサクヤが言った。
「たくさん、人を死なせて。たくさん、人を殺させてきたくせに……自分で手を下したことは、一度もないの……」
涙に濡れた声で己を蔑む彼女へ、ヤトは無言で首を振った。しかし、その瞳はまるで見惚れているかのようにサクヤから離れない。
ああ。そうか。
そこでようやく、七倉ヤトは理解した。
彼にはどうしても一つだけ、分からないことがあったのだ。
何故、第587連隊は戦争を終わらせたのか。
それがどうしても、彼には理解できなかったのだ。
彼らもまた自分と同じだったはずなのに。戦争以外に何も知らず。戦う以外に生きる術を知らず。戦場以外に生きる場所を知らなかったはずなのに。
そんな彼らがどうして、木花サクヤとともに戦争を終わらせたのか。
ずっと分からなかったその理由が、今ようやく分かった。
彼はサクヤを見つめた。
酷く怯えて、痛々しいほどに震えながら、それでも懸命に顔をあげて、潤んだ瞳で自分を見つめ返す少女はどうしようもなく愛らしかった。
なんだ。そういうことか。
拍子抜けするような想いとともに、ヤトは納得した。
それだけのことだったのか。
畜生。
唐突に、第587連隊の誰も彼もが羨ましくて堪らなくなる。
もしも、自分もあの時、あの戦場で、この少女と出会えていれば。
もし、そうであれば。こんな無様な結末にはならなかったのではないか。
そんな、ありもしない空想が頭をよぎる。
けれど、現実はこれだった。
「大佐さん」
拳銃を持ち上げ続けているのもやっと、という様子のサクヤへヤトは歩み寄った。
「どうか、早くしてください」
彼女にとって辛いことを言っているのは自覚しているが、それでも彼には時間がない。
ヤトはさらに、サクヤへ近づいた。彼女の前に立つと、それまで逆光に隠れていた彼の姿が影の中から浮かび上がる。
そこで初めて、サクヤは彼が傷を負っていることに気が付いた。
制服の右わき腹から下が血でべっとりと汚れ、軍袴まで赤く染まっている。
「大尉……その傷は……?」
放心したように、サクヤが尋ねる。
座敷に入った時に感じた血生臭さは、この傷が原因だったらしい。
「……死というものは理不尽だ」
サクヤに訊かれて、腹の傷に手を当てたヤトがぽつりと言った。
「ある日突然やって来て、有無も言わさず、何もかもを奪い去ってゆく。それが死だ。僕らが、あの戦場で学んだ唯一の真実だった」
真っ赤に染まった手の平を目の前まで持ち上げて見つめながら、ふと彼がサクヤに訊いた。
「けれど、ならば。ある日突然産み落とされて、嫌が応もなく生きてゆかねばならないことと、そのどちらがより理不尽なのでしょうね」
「それは……」
サクヤが口を開きかける。
しかし、ヤトがその続きを言わせなかった。自分を見上げる、サクヤの瞳に吸い込まれるように身を屈めて――
そして、乾いた銃声が一発。屋敷を抜けて、山々から降りてきた雲の切れ間に覗く、小さな晴れ間へと吸い込まれていった。




