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「お待ちしておりました」
屋敷の門前まで辿りついたサクヤたちを出迎えたのは駒塚だった。
完全軍装で身を固めた彼を見て、咄嗟にコウたちが臨戦態勢をとる。それを手で制して、サクヤは一歩進み出た。
「……まるで、私が来るのを知っていたような言い方ね」
「はい。木花少佐殿。七倉大尉殿が中でお待ちです」
尋ねたサクヤに恭しく一礼をして、駒塚が背後の玄関を示す。それにサクヤが頷くと、彼は道を譲るように脇へ退いた。
サクヤが玄関の引き戸に手を掛けた。コウたちが後を追おうとする。それを駒塚の巨体が遮った。
「大尉殿からは、木花少佐だけをお通しするようにと命じられております」
「あぁ?」
行く手を阻む彼に、コウが脅すように唸った。しかし、駒塚は引かない。
「申し訳ありませんが」
そう言って腰を落とした駒塚に応じるように、コウも拳を握る。
「榛名大尉」
このままでは殴り合いを始めかねない二人の間に、サクヤの声が割り込んだ。
「大丈夫よ」
「大丈夫って……」
毅然と告げられた一言に、コウが反論しようとする。
「大丈夫」
サクヤはもう一度同じ言葉を使って、それを黙らせた。
「ここで待っていて。すぐに終わらせてくるから」
まるで魔王に挑む勇敢な騎士のように彼女は言った。
「……何かあったら、無理やりでも押し入るからな」
コウがさんざん悩んでから、大きく息を吐きだす。
そんな彼に微笑んで、サクヤは屋敷へと消えていった。
屋敷の中はひっそりとしていた。
背中に回して手で引き戸を閉めると、戦いの音が一気に遠くなる。
「……ごめんなさい」
小さな声で詫びると、サクヤは薄暗い廊下に土足のまま上がり込んだ。
玄関から家の奥へ続く廊下は、暗がりに向かってまっすぐ伸びている。その先へ目を向けると、突き当りの襖がわずかに開いて、夕日が差し込んでいるのが見えた。
きっと。彼はそこで待っているのだろう。
サクヤは表情を引き締めて踏み出す。板張りの床が軋むたびに、現世から遠のいて行くようだった。
「やあ。遅かったですね。大佐さん」
突き当りの襖を開けた先で、七倉ヤトは待っていた。
中庭から差し込む夕日の中に佇む彼は、まるで影のようだった。
「手遅れになるかと思いましたが……まあ、間に合って良かった」
「七倉大尉」
気の抜けた声で出迎える彼に、サクヤは静かに応じた。
座敷へ踏み込むと、濃い血の臭いが鼻につく。それに怪訝な表情を浮かべつつ、サクヤはヤトへ言った。
「さっきの命令を撤回して」
「無理です」
命じるような強い口調にヤトがあっさりと首を振る。それから、彼は部屋の隅を手で示した。サクヤがそちらへ目を向けると、叩き壊された無線機が畳の上に転がっていた。
「……っ」
サクヤは唇を噛み締めた。
「本当にっ……皆殺しになるつもり!?」
「それは今さらじゃありませんか」
叫ぶように問う彼女へ、ヤトは何でもないように肩を竦める。
「どの道。僕らはあの戦場で皆殺しになるはずだったのだから」
「……それが、貴方たちの望む終わりなの?」
縋るようなサクヤの声。
「貴女も薄々感づいていたんじゃありませんか?」
ヤトは逆に聞き返した。
「だからこそ、誰よりも残酷な方法で戦争を終わらせた」
その一言に、サクヤは何も言えなくなってしまう。
「僕らは戦うために産まれてきた」
黙り込んだサクヤの前で、ヤトが独白のように口を開いた。
突然何を。そう思ったサクヤが顔をあげると、彼は曖昧な笑みを彼女に向けた。
「貴女は違うと言うかもしれないが……少なくとも、僕らはそう信じた。そう信じて、華々しい出征の船に乗り、そして惨惨たる現実を知った後も。僕らはこの人生を、諦観ではなく己が運命として受け入れた……けれど」
けれど。そこで、ヤトの笑みが消える。
「けれど、戦争は終わった。終わってしまった。貴女が終わらせてしまった。ならば、僕らはこの先、どう生きて行けばいいのか」
「それは……」
投げかけられた疑問に、サクヤは答えられなかった。
そして、ヤトも答えを求めたわけではなかった。
「戦うことでしか生きられない。戦わずにはいられない僕らのような者は、きっとこの先の平和という時代には必要ないのでしょう。けれど、だからといって平穏無為な日々をただ過ごしてゆくだけなんて耐えられない。誰かの都合で無用と切り捨てられて、黙って消えてゆくなんて。そんなのは嫌だ」
後悔でも、諦めでも、そして恨みでもなく。
ただただ、淡々と。真実を告げるように彼は言った。
どうして、などと。サクヤはそれ以上、何も聞かなかった。
恐らく、ヤトも分かってもらおうなどと思っていない。
聞いたところで、言葉にできるような理由は何一つないのだろう。
ただきっと。彼らはそうなのだ。もう、誰にも救えない。救ってもらおうとも思わない。
魚が大空を泳げぬように。鳥が海中を渡れぬように。
そして、そのどちらも、人には叶わぬように。
彼らはきっと、平和の中で生きてゆくことができないのだ。
「さあ。大佐さん」
改めて、仕切り直すようにヤトが口を開く。
「終わらせてください、僕らも。あの大戦を終わらせたときのように、僕らの戦いも。その手で」
言って。彼はサクヤが腰に吊っている拳銃を指さした。




