017
『諸君。これが最後の命令だ。最後の一兵まで戦って死ね。――以上、よろしくやってくれ』
無線の全回線に向けて発せられた七倉ヤトの命令は当然、守備隊の指揮所でも傍受されていた。
肩を竦めるような声で告げられたその命令を聞いたサクヤは、一瞬で全てを理解した。
弾かれたように戦況図へと目を向ける。
現在、戦況は混沌の極みにあるといっていい。
先ほど、突如として行われた迫撃砲の無差別な砲撃によって、第五中隊は戦線を維持するだけで手一杯の状況だ。
そこへ、今の命令。恐らく、蹶起部隊は全面的な攻勢に打って出るだろう。
七倉ヤトが第1151開拓村の市街地を戦場として選んだ時から、サクヤは彼らが恐らく持久戦に持ち込もうとしているのだと読んでいた。
言うなれば、何らかの目的を達成するための時間稼ぎだ。
彼の背後には織館ヒスイもいるとなれば、可能な限り戦闘を長引かせて、守備隊を消耗させることができれば、議会を交渉の席に着かせることができる、かもしれない。
そう考えたとしても不思議ではない。
しかし。戦闘開始からというもの、ヤトはどう見ても短期決戦的な方針を取り続けている。
まるで目的など存在しないかのように。
けれど、そうではなかった。今の命令で、彼らの目的はこれ以上ないほど明確になった。
「先遣隊……榛名大尉を呼び出して!!」
サクヤはこれまでのどんな命令よりも鋭く、無線手に命じた。慌てたように無線を操作する兵から通話機をひったくり、通信がつながるなり、勢いよく呼びかける。
「榛名大尉!!」
『は、どうした……ました?』
面食らったようなコウの声が、それに答える。
「今、何処に?」
『えー……街の北側です。中央にある屋敷を目指していて』
「私も同行します! 一度、街の外れまで戻ってきて!」
『……少しお待ちを』
あまりに必死なサクヤの様子から何かを察したのか。コウは何も聞き返さなかった。
「なんのつもりだ、少佐」
通信を終えて、椅子の背もたれに掛けていた大外套を取り上げたサクヤを、マレツグが問い詰めた。
「街に入るだと? 君が不在の間、指揮は誰が取る? 先遣隊を呼び戻して、迫撃砲はどうするつもりだ?」
「邑楽大尉が陣頭指揮を執っているので問題ありません。迫撃砲については、もう放っておいて構わないでしょう」
「な」
理解が追いつかない様子の彼を遮って、サクヤは捲し立てた。
「先ほどの一斉射撃から、敵の迫撃砲は沈黙したままです。恐らく、残弾が尽きたか、あったとしても残り僅かなのでしょう。もはや、迫撃砲は脅威ではありません」
「何故、そう言い切れる?」
尋ねたマレツグに、サクヤは答えなかった。
今はその時間すら惜しい。
考えてみれば、当然のことなのだ。七倉ヤトがどれほど戦慣れした指揮官であろうとも、彼らは所詮、敵に包囲された孤立無援の集団なのだ。
何時までも戦い続けられるはずがない。それが分かっているから、彼は最初から持久戦などという選択肢を捨てていたのだ。
戦闘開始から、間もなく半日。砲弾はおろか、銃弾も不足し始めている頃だろう。
損害も当然、こちらの比ではないはず。
七倉ヤトの狂気に気圧されて、そんな当たり前のことも失念していた。
「待て、まだ話は終わっていないぞ」
指揮所を飛び出そうとするサクヤを、未練がましくマレツグが呼びとめる。
「どうして君が街に入るのか、その理由を……」
「私が行かなくちゃいけないんです」
答えて、サクヤは外へ出た。
きっと、彼には分からない。
それは言葉にできるようなものではないから。




