第十六話
年少者監督法。
それは戦後の帝国において、戦災孤児を救済するために施行された法律である。
現在、帝国の人口は戦時中でも徴兵されることの無かった老人や小さな子供たち、そして戦争終結とともに復員してきた大量の少年兵たちがその過半を占めている。特に、復員とともに軍役を解かれた少年兵の多くはそのまま、戦災孤児へと転じてしまった。
大戦末期、急激に悪化した戦況の煽りを受けて多くの公営養護施設を閉鎖せざるを得なかった帝国では、彼らを養いきることができなかったのである。
そこで政府が打ち出したのが、この年少者監督法だ。
この法律は、簡単に言ってしまえば身寄りのない未成年に“監督者”と呼ばれる“大人”の保護者を国があてがう、と言った内容のものだった。
行き場を失った子供たちに養育の場を作り、帝国臣民としての規範や教養を身に付けさせるという目的があり、監督者は一定の用件を満たした大人から選ばれる。この法律によって、帝国に住まう二十歳未満の者は全員、そうした大人の監督下にあることが義務付けられていた。
「監督権が与えられるのは、三十歳以上だろうが」
まるで戦場で敵と相対しているかのような剣呑さでコウが言った。
監督権とは、監督者である大人に与えられる法的な権限のことだ。分かりやすく言えば、親権のようなものである。しかし、そこには被監督者の財産管理などといった基本的な権利に加えてもう一つ、監督下にある未成年者に対して、強制的にその指導に従わせることができるという権限が追加されていた。
逆に言えば、未成年者にとっては自らの監督権を持つ者から指導には従わなければならない義務があるとも言える。
「それはまぁ。俺は帝国陸軍中将であり、参謀本部次長、帝都守備隊幕僚長など、大変に責任ある仕事を任されている。国家に対する功績も、税金だって納めているぞ。つまり、そこらの“大人”たちよりも、よほど責任を負える立場にあるのだよ」
親の仇に刃を突きつけるような態度のコウに対して、未だ二十二歳の年若き中将は涼しげな声で応じた。
「ふざけんな」
それをコウは、一言の下に切り捨てた。
彼がここまで激高しているのには、理由がある。
確かに年少者監督法は身寄りのない子供、戦災孤児を救済するための法律ではある。だが、その実態は彼が知る限りにおいて、“大人”が“子供”を良いように扱うための方便に成り下がっているからだった。
コウは復員してから味わった、数か月間の指導生活を思い出した。
それはまるで、いつか大陸で目にしたことのある奴隷というものに自分がなってしまったかのような日々だった。もちろん、彼がそのような指導に従順なはずはなく、最終的には被監督の義務から解放される二十歳の誕生日を迎えるより前に、軍に叩き返されている。
もっとも、これはあくまでも彼個人の知見における真実であり、全ての監督者と子供たちがそうであるわけではない。
コトネの監督者になったのは物分かりの良い善良な老女だったし、戦時中からそれなりに名の知れた指揮官だったミツルなどは逆に敬意を払われたほどだ。ただし、彼らの場合は軍にとっても必要な人材であったため、形だけの手続きを踏んだ後、速やかに軍へ呼び戻されているのだが。
「貴様、いったい何をした」
もはや憎しみすら響かせながらコウは言った。
「まるで俺が何かを企てたかのようじゃないか」
それにソウジは微塵も怯むことなく、肩を竦めて応じた。
「企てたに決まってるだろうが」
そう断言したコウは、あながち間違っているわけではない。
どれほど立派な肩書があろうとも、そう易々と捻じ曲げられる法など存在しないからだ。特に、軍隊というどこまでも厳格な規律の遵守を求められる環境で育った彼は、そのことをよく理解している。
だが、同時にこの御代ソウジという男は、権謀術数渦巻く帝国陸軍参謀本部において、その事情はともかく、史上最年少で将官の地位にまで上り詰めた紛うことなき天才政略家なのである。
サクヤの監督権を得るために、よほど日に当てられないようなことに手を染めていたとしてもなんらの不思議もない。
だからこそ、コウは。
「どうやったんだお前、教えろ」
大真面目な顔のまま、ソウジへそう訊くのだった。
「断じてお断りする」
対するソウジは、どこまでも涼しい顔のままきっぱりと断った。
もしかしたら殴り合いになるのではと、事の成り行きを見守っていた一同の肩から一斉に力が抜ける。
「……羨ましかっただけか」
コウの横で、ミツルはどっと疲れたように溜息を吐いた。
「どこまで馬鹿なの……」
その対面では、コトネが痛む頭を押さえるように額に手を当てている。
「ねぇ、二人とも、いったい何のことで喧嘩してたの?」
唯一、訳が分かっていないサクヤだけが不思議そうに首を傾げていた。
何やら、監督法について言い合っているらしいことは分かるのだが、その先が分からないのだった。確かに同世代からはあまり評判の良くない制度だとは聞いてはいるが、サクヤの場合は兄とも呼べる存在のソウジが監督者になってくれているおかげで、特に不自由は感じていない。そのため、他の者たちほど、この法律に対する各勘定は抱いていないのだった。
「サクヤ、アンタもいいかげん、鈍感が過ぎるんじゃない?」
「え?」
「分からないならいいわ……」
どういうことかと聞き返したサクヤに、コトネは諦めたように肩を落としていた。
「ところで」
ますます首を捻るサクヤの隣で、それまでずっと無関心、無関係を装っていたシュンが湯呑を卓の上に戻しながら口を開いた。
「監督法は確かに、何らかの事情で監督者の下を離れている未成年者に対しては、月に一度の近況報告を義務付けているが……サクヤのように軍務に就いている者はその例外だったはずじゃ」
「ん、んんっ!!」
彼が言い終わるよりも前に、ソウジの大きな咳払いが座敷の中に響いた。




