016
「何の真似かな、中尉」
自分に向けられている銃口をさして興味もなさそうに一瞥してから、ヤトは佐伯に聞いた。
「分からないのですか」
枯れ尾花でも見ているかのような顔で自分を見るヤトへ佐伯が詰め寄る。
「戦闘を直ちに中止させてください」
「何故?」
紫煙を風に流しながら、ヤトは首を捻った。
「どうして。せっかく、ようやく、面白くなってきたところじゃないか」
「アンタは……」
絶句したような声。次に彼が発したのは怒号だった。
「この国をまた、戦乱に導こうとでも言うのか!!」
佐伯が銃を握る手に力を込めた、腕を伸ばし、引き金に指が掛かる。
応じるように、ヤトも拳銃を抜いた。
二人とも、この世の地獄を見て来た男たちだ。躊躇いは無かった。
パン。と、勢いよく頬を張るような破裂音が木霊した。
硝煙の立ち昇る拳銃を向け合った二人は、暫し無言だった。
耳の痛くなるような静寂を、風が攫ってゆく。
そして、永遠のような一瞬の後。佐伯がその場に崩れ落ちた。
「……そうか」
砂利の上に倒れ伏した佐伯を見下ろしていたヤトの口から、静かな声が漏れた。
「君はこの平和を受け入れることができたのか」
驚いているような、羨んでいるような表情を浮かべながら、彼は佐伯に向かって一歩踏み出した。途端、右の脇腹に引きつるような激痛が奔る。見れば、制服が赤黒く濡れていた。
皮肉なものだ。最後の最後までこれとは。
自らの血で真っ赤に染まった手のひらを見つめながら、ヤトは自嘲の笑みを零す。
それから、佐伯の傍まで寄って膝をつく。遺体を丁寧に仰向けにすると、ヤトの放った弾丸は彼の眉間を撃ち抜いていた。
「……残念だが。君は死なねばならなかった」
見開かれたままの瞳を見つめながら、ヤトが静かに佐伯に語り掛ける。
「彼女に恨みを持つ者は、必ず将来の禍根になる。僕ら同様に、一度でも過去という亡霊に取りつかれてしまえば、もう二度と前には進めなくなるからだ。……戦争は終わった。ならば、僕は。僕らのようなものは、一人残らず退場せねばならない」
けれど。そのためには。
佐伯の瞼をそっと閉じてやると、彼は立ち上がった。
痛みを吐き出すように、ふっと息を吐いて天を仰ぐ。先ほどまで晴れていた空は、いつの間にか泣き出しそうな灰色に染まっていた。
どうやら、今感じている寒さは失血のせいだけではないらしい。
そう、何処か他人事のように考えたところで、近くから迫撃砲の射撃音が連続した。
曇天に風切り音が響き渡り、街中が噴火のような轟音と衝撃に揺れる。
質量を伴った炸裂音は容赦なくヤトの腹の傷を打った。
迫撃砲はその後も、熱狂したように砲弾を吐き出し続け、やがて唐突に止んだ。
あとに残ったのは家屋の倒壊する音と、濃厚な火薬の燃焼臭。
砲撃の余韻に浸りながら、街中に立ち込めた砂煙が風に攫われてゆくのを見送ったヤトは、砂利の上に点々と血の跡を残しながら屋敷へと戻った。




