013
第1151開拓村の制圧は、順調といって良かった。
第五中隊が街へ突入してから半刻あまり。彼らはすでに、迫撃砲が照準を据えている大通りを除いた街の東半分を抑えている。
流石は、全員が元587連隊の将兵だけで構成されているということもあり、その手際は酷く迅速であった。
しかし、もちろん、その間まったくの無傷というわけにもいかない。
指揮所には戦闘状況を知らせる無線連絡や伝令とともに、少なくない損害が報告され始めていた。
『こちら第三班! 敵の銃撃で釘付けにされてます! 負傷三名、応援を!』
『どこだ!?』
『分かりません! 銃声を頼りに来てください!』
無線から響く部隊間の通信に耳を傾けながら、サクヤは焦れていた。
机に目を落とすと、そこにはこれまでの戦闘経過が書き込まれた、第1151開拓村の市街図が広げられている。
俯瞰する限り、戦況はこちらが有利だ。
ただし。それはあくまでも全体を通して見た場合に過ぎない。
『第七班、回り込まれました! そこら中から撃たれてます!』
『間に合いそうにない! どこか手近な建物を制圧して立て籠もれ!』
『気をつけろよ! 連中、俺たちを誘導してるぞ! 通りには絶対に出るな!』
『ちっくしょう、砲兵隊の支援はあれだけかよ!』
市街戦において、前線などという概念は存在しない。
それを証明するように、現場からは焦りと混乱に満ちた声が届く。しかし、打開策はない。
サクヤは静かに唇を噛み締めた。
分かっていた。市街戦はどう転んでも泥沼になる。
そして恐らく、それこそが七倉ヤトの狙いなのだろう。
土地勘のある街の中ならば、守備隊に兵力でも装備でも劣る彼らの弱点を埋め合わせることができるから。それに、彼は遊撃戦の名手でもあった。
それを承知で、第五中隊には無理を押し付けたのだ。耐えてもらうしかない。
『――落ち着けよ、お前ら』
と、怒鳴り声ばかりが行き交う通信の中に、ゆったりとした声が割り込んだ。
『第一、四、六班は現地点を確保。それ以上突出している連中は退いてこい。確保している地点は放棄していいぞ』
無線を通じて彼らに命じているのは、言うまでもなく第五中隊指揮官の邑楽ミツル大尉だ。
落ち着いた彼の声に最もほっとしたのはサクヤだったかもしれない。
「木花少佐」
そこへ、しびれを切らしたようにマレツグが声を掛けた。
「待機中の第七中隊を投入しては?」
彼が口にした第七中隊は、街の西側で待機している。挟撃の効果が望めるかもしれないとでも考えたのだろう。
「必要ありません」
サクヤはその提案をあっさりと却下した。
「下手にこれ以上兵力を投入しても、損害が増えるだけです。街は今、乱戦状態ですから、最悪、流れ弾による同士討ちの危険もあります」
それにもとより、サクヤは第七中隊を戦闘に参加させるつもりなどなかった。
全員が第587連隊の将兵だった第五中隊と正反対に、第七中隊は壊滅した部隊の将校を中心に編成された中隊だ。所属する兵にも新兵が多い。
彼らを投入した場合、今よりも確実に損害が跳ね上がるだろう。
「しかし……」
「許されるのであれば、砲兵に命じて、街へ一斉砲撃を掛けるのですが……」
それでもなお食い下がるマレツグへ、サクヤは彼女にしては珍しい、皮肉めいた物言いで返した。もちろん、たとえ参謀本部が街を焼き払う許可を出していたとしても、彼女はそうしなかっただろうが。
何も言い返せないのか、マレツグは悔しそうに喉を鳴らして黙り込んだ。
「何よりも、荒笠中佐」
サクヤは彼に振り返ると、駄目押しのつもりでさらに言った。
「貴方は今、私の上官としてではなく、私の監督者としてこの場にいるのでしょう? それならば、貴方は私の、私的な行動についてこうすべきと指導はできても、作戦の意思決定に介入することはできない。私は、私と貴方の間にある曖昧な上下関係をそのように了解しています」
要するに、余計な口出しをするなという警告だった。
そのやり取りを聞いていた無線手の兵が、失笑を漏らす。
マレツグが彼を鋭く睨みつけた、その時だった。
再び、街の中から砲弾の炸裂音。続けざまに、無線から悲鳴のような報告が響く。
『こちら第七班! 畜生! 奴ら、迫撃砲の狙いを変えやがった! 砲弾は第五班が籠っていた家屋に直撃! 班員の生死は不明!!』
糞ったれ、行くぞ。そんな罵るような言葉を残して、一旦通信が切れる。
耐えがたい数寸の後、沈黙が支配する指揮所へと、サクヤの最も恐れていた言葉が響いた。
『第五班指揮官、猪田軍曹以下二名の戦死を確認。もう一名は……行方不明』




