009
「大尉殿。どうやら連中、帝都の造兵廠を襲って武器を盗んだそうです。その中に、軽迫撃砲が七門あったと」
「なぁるほど。連発式もそこから頂戴したってわけか」
サクヤとの通信を終えて顔をあげた楠城の報告に、コウはふーんと唇を尖らせた。
「どうしますか、大尉殿?」
埃塗れになった戦闘服を叩きながら、瀬尾が尋ねた。
コウは一瞬だけ、考え込むように目を閉じてから、すぐに悩むのをやめた。
「俺たちの仕事はつまり、この街をしっちゃかめっちゃかにかき回すことだろ?」
「ええ。それはまあ」
彼の問いかけに、瀬尾が頷く。コウはにやりとした。
「そんじゃあ、そうしようや。砲弾がどっちから飛んできたか、分かる奴はいるか?」
「たぶん、街の中心からだったと思います」
答えたのは伊関だった。
「街のど真ん中には、昔、この街のお偉いさんが使っていたというどでかい屋敷があります」
頭の中に街の見取り図を思い浮かべた瀬尾が、彼の報告を補足する。
「迫撃砲陣地はそこだな」
決めつけるようにコウが頷いた。そして、散歩に出かけるような口ぶりで言う。
「じゃ、潰しに行こうぜ」
「しかし、この人数で突破は難しいかと……」
身を隠している路地から、そっと大通りを覗き込んだ楠城が自信なさそうな表情を作る。
他の者たちも同じような顔をコウへ向けていた。そんな彼らに、コウは不敵な笑みを浮かべて言った。
「おいおい。俺たちの指揮を執っていらっしゃるのが誰なのか、もうお忘れか?」
その言葉に応えるように。街の東側から、砲撃と銃声の重なる爆音が響きだす。
ほらなと、コウは肩を竦めた。
「本隊のお出ましだ。敵がそっちに夢中になっている間に、俺たちは北側から回り込むぞ」
指揮所へ呼び出されていたミツルが中隊の下へ戻ってくると、そこにはすでに装具を整えた中隊員たちが整列して待っていた。
「帝都守備隊第二大隊、第五中隊以下98名。総員出撃準備整っております」
戻ってきたミツルへ、中隊本部付きの須磨曹長が踵を鳴らして報告する。
「ご苦労」
それに短く応じて、ミツルは部下たちの顔を眺めた。
誰もが、何かを待ち望んでいるように彼を見つめ返している。そんな彼らに、やれやれと首を振ってから、ミツルは口を開いた。
「よろしい。それでは、これより本作戦の指揮を執っておられる木花少佐からの……いや」
そこでふと言葉を切った彼は突然、背筋を正し、踵を鳴らして気をつけの姿勢を取って、声を張り上げた。
「木花連隊長からのご命令を伝える!」
果たして、その一言にどれだけの効果があっただろうか。
中隊から一斉に歓声が上がった。隣り合う戦友と笑顔で肩を叩き合う者や、感極まったように身を震わせている者までいる。
そりゃ、そうだろうな。
狂喜に沸く部下たちを前に、ミツルは思った。
こいつらはずっと、この瞬間を待っていたのだから。自分たちがもう一度、第587連隊に戻れる、この時を。
何かに耐えきれなくなって、ミツルは軍帽を目深に被った。
――ごめんなさい。
先ほど、彼に命令を告げたサクヤが、絞り出すように付け加えた謝罪の言葉を思い出す。
何故、サクヤが謝ったのか。ミツルは知っている。
巻き込んでごめんなさい。
みんなをまた、危険な目に遭わせることになってしまって、ごめんなさいと。
サクヤはそう謝ったのだ。
そんな彼女の想いを承知の上で。ミツルは今、兵士たちを戦場へ駆り立てるために、彼らがサクヤに対して抱く好意を利用したのだ。
まったく。我ながら最悪の統率法だな。
ミツルは内心で自嘲した。
恐怖政治のほうがまだ救いようがある。
少なくとも、命じられた者は命じた者を恨むことができるから。
けれど、彼らにはそれができない。
きっと最期の瞬間まで。彼らは誰も恨むことなく、死んでゆく。
それでも。ミツルは、サクヤにも分かってほしかった。
もう一度、サクヤとともに戦えるというのが彼らにとって、どれほどの喜びなのかを。
否。そもそも、今この瞬間をサクヤとともに在れるというそれだけで、彼らは満足なのだ。
理由など関係ない。ただ、その為の手段として戦いが必要だったというだけで。
まったく、それはどこまでも純粋で度し難い、なんとも不謹慎で自己愛に塗れた、恋心とさえも呼べないような淡い期待と願望。
しかし、それがあったからこそ、第587連隊はあの大戦を終わらせたのだから。




