004
『いやはや、まったく。何が何だかわからないな、大佐さん』
からかうような口調だった。
「七倉大尉。こんなことをして、何になると言うの?」
無線手に伝声機との接続を切るように命じてから、サクヤは尋ねた。
『こんなこと、とは?』
惚けた声がそれに答える。
『我々は開拓部隊としての任務を遂行しているだけです。何やら、街の周りを物騒な連中が取り囲んでいるので、住民には避難してもらいましたが。担当している開拓村における治安維持と、住民の安全確保も我々の仕事ですからね』
「……私の話を聞いていなかったのかしら?」
なるほど。つまり、今、街の中にいるのは軍人たちだけというわけね。
その意味を十分に理解しながらも、サクヤは問い返した。
『もちろん、聞かせていただきました。だからこそ、分からない。そんな話を伝えるだけならば、電報の一つでも寄こせば済む話です。この通り、我が隊には無線が配備されているのですから。わざわざ、貴女が出張ってくる必要など何処にもない。議会の言い分は十分に理解しました。その上で、こうお答えしましょう。――糞喰らえ、だと』
まるで詰め将棋を指すように、言葉でサクヤの逃げ道を塞ぎながら、ヤトが問う。
『僕は貴女に聞いているのです、大佐さん。いや、木花サクヤ大佐。貴女はいったい、何をしに来たのかと』
――卑怯な人。
サクヤは心の中で歯噛みした。そして、すぐに思い直す。
いいえ。違う。彼は私に、選択肢を与えているのだ。
今ここで、引き返すこともできるのだと。
けれど……言って欲しいのでしょう?
「戦争はもう終わったのよ、大尉」
確かめるように、サクヤはヤトへ呼びかける。
『ええ。貴女の戦争は』
彼は予想通りの返答を返した。
「私の戦争と貴方の戦争は、同じものだったと思うのだけど」
『同じ旗を仰いでいたからといって、その理由まで同じとは限らないでしょう』
「もしも、ここで私が引き下がったら。貴方はどうするつもり?」
『どうもこうもありませんね。僕らは変わらず、次の機会を待ち望む。貴女が、貴女の戦争を終わらせたように。僕らもまた、僕らの戦争を終わらせようとしているだけなのです。命ある限り。何度でも』
「武装を解くつもりはないのね?」
この話に決着をつけるように、サクヤが訊く。
『夢にだも』
ヤトは歌のように答えた。
「どうしようもないヤツだな」
やり取りを黙って聞いていたマレツグが、サクヤの横でぼそりと口を開いた。
サクヤが厳しい目で黙らせる。無線からは、ヤトの笑い声が響いた。
『いやはや。どうしようもないとは。まったくもってその通り。ぐうの音も出ないね。……どこの誰だか知らないが、引っ込んでいてくれないか』
笑い声が止み、これまでサクヤに対しては好意的なものだったヤトの声が突然、酷く侮蔑的な響きへと変わる。
『君は随分と、自身が正気であることを誇りに思っているようだが。僕から言わせれば、自らが正気であると確信する、その考えこそが狂気に他ならない。僕もたまに、自分が正気だと勘違いすることがあるからね。そもそも。君をここに送り込んだ連中が正気だという確証はいったい何処にあるんだ?』
詰るように尋ねる彼へ、マレツグが引き結んでいた唇を開かせた。しかし、サクヤの視線がその先を許さない。
『答えられないのならば、黙っていたまえ。僕は大佐さんと話しているのだ』
彼女に厳しい目で睨まれて、口を閉じた彼へヤトが吐き捨てる
そして、期待に満ちた声でサクヤへ呼びかけた。
『さあ。大佐さん。貴女はまだ、僕の質問に答えていない。果たしていったい、貴女は此処へ、何をしにやってきのか?』
「私は……」
答えようとしたサクヤの喉から震えた、情けない声が漏れた。
慌てて、息を吸いなおす。
「私は」
今度はちゃんと、はっきりとした声が出てくれた。
けれど、その先が続かない。
言う。
言うわ。
言うのよ。
心の中で何度も自分を叱りつけて、サクヤは無線機へ叩きつけるように叫んだ。
「私は! 終わらせに来たのよ。ええ、七倉大尉。貴方たちの望み通り、終わらせてあげましょう。貴方の戦いを。貴方たちの戦争を、この馬鹿げた何もかもを!」




