003
指揮所の中央に置かれた大きな木製の机を取り囲むように置かれた椅子の一つに、サクヤは放心したような顔で腰かけていた。
傍らには荒笠マレツグの姿もある。
彼にとっては、人生初の実戦経験であるからか。常のような無表情を浮かべてはいるが、その視線は机の上に広げられた第1151開拓村の詳細な見取り図とサクヤの間を忙しなく行き来している。
通信兵が設置した無線機材の最終調整を行っている音以外、天幕内は静かなものだった。
先ほどまでは部隊の到着や各作業の進捗状況やらを報告する者たちが、入れ代わり立ち代わりにやって来ていたが、到着が遅れていた第五中隊指揮官である邑楽ミツル大尉が顔を見せて以来、それもすっかり落ち着いている。
「失礼します」
天上に吊るされているガス灯の灯りをぼんやりと眺めていたサクヤの下へ、一人の少尉がやってきた。
「全部隊、配置完了しました。現在まで、街に目立った動きは見られません」
「ありがとう」
彼の報告に、サクヤはふわりと微笑んだ。
「ああ。いえ……」
途端にしどろもどろになった少尉の後ろで、無線機材を弄っていた通信兵が立ち上がる。
「無線機器の準備も整いました。伝声機との接続も良好です」
それにも、サクヤはありがとうと笑顔で頷いた。何かを振り払うような息を一つ。それから、ほんのわずかな間だけ瞑目する。
「始めます。よろしいですね?」
顔をあげたサクヤは、覚悟を問うようにマレツグへ訊いた。彼は表情一つ変えることなく、それに頷いた。
机から一枚の原稿を取り上げたサクヤが無線機器へ近づくと、通信兵は場を譲るように脇へ退いた。恭しい手つきで差し出された通話機を掴むと、原稿へ目を落とす。
そして。
『第1151開拓部隊指揮官、七倉ヤト大尉とその部下。並びに現在、第1151開拓村を不当に占拠している全ての者へ。私は帝都守備隊臨時措置部隊指揮官、木花サクヤ少佐です』
街の東西と南に設置された伝声機から、拡声されたサクヤの声が響き渡り、飛禅連山の山々に木霊した。
『あなたたちには先日の、帝都における騒動を煽動した嫌疑が掛けられています。第1151開拓部隊指揮官はただちに部下を武装解除させて出頭し、陸軍の取り調べに応じなさい。下士官兵、並びに現在軍籍にない者については、反攻の意思を見せない限りにおいて、その身の安全を約束します』
読み上げるその内容はサクヤが綴ったものではない。議会によって起草され、取りまとめられたものだ。
あたり障りのない言葉で修飾されているが、その意図はあまりにも明け透けだった。
権力者は常に、自らを被害者の側に置きたがる。民衆の同情を買って、自分たちが強権を振るうのは致し方のない事なのだと、納得させるために。
結局のところ、サクヤがいま読みあげているのは、あくまでも議会と軍は平和的解決を目指したのだ、という建前上の記録を残す以外、何の意味もないものだった。
何故なら。
『――この勧告に従わない場合、我々はあなた方を逆賊、朝敵と見做して、撃滅します。帝国政府及び議会、陸軍……そして、私も。そのようなことは、望んでいません』
――無駄だわ。
懸命な口調を装いながらも、サクヤの内心は冷めきっていた。
彼らがこんな説得に応じるわけがない。
すでに彼らの進退は極まっているのだ。この命令に従おうと、そうでなかろうと。この国が彼らに与えるのは、死だけだ。
それが分からない彼らではないはず。彼らは、近衛などとは何もかも違う。
あの大戦を生き残った、本物の軍人たちなのだから。
こんな脅しに屈するのであれば、初めからこんなことはしていない。
そんな、サクヤの予想に答えるように、七倉ヤトの声が無線から響いたのはその時だった。




