002
第1151開拓村を包囲する帝都守備隊の部隊は、山のある北側を除いた三方から、半円状に街を取り囲んでいた。
前線には武装した兵たちが立ち、ネズミも逃さぬような厳しさで街を監視している。
その後方には無数の天幕が張られ、ところどころで炊事の煙が上がっていた。雪が降っていないとはいえ、山から吹き降ろす風は氷が混じっているのではないかと思うほどに冷たい。兵たちが凍えないように、温かい茶や懐炉を用意しているのだった。
最後に到着した第五中隊のために用意されていた天幕も暖められており、寒空の下を歩いてやってきた彼らには温かい食べ物まで振舞われた。
こうした温情に満ちた兵たちの待遇について、ミツルは特に疑問を抱かない。
この部隊の指揮を執っている者ならば、さもあろうと思っただけだった。
「おう、やっときやがったな」
部下には天幕で休んでいるように命じて、一人指揮所へと向かっていたミツルへ、彼らの到着を待っていたらしいコウが呼びとめた。
「中隊の連中は?」
「天幕で休ませている」
きょろきょろと中隊の姿を探す彼に、ミツルはぼやくように答えた。
「朝から歩きどおしだったからな」
「いや。馬車使えば良かっただろ」
「指揮所はどこだ?」
至極真っ当に反論したコウを無視して、ミツルが聞き返す。
「すぐそこだ」
コウは首を捻って、背後の大天幕を顎で示した。
「もっとも。今行っても無駄だぞ。連隊長殿は、監督者の方と作戦方針について協議中だからな」
「なにか問題があったのか?」
「いや。別に。この雪のせいで砲兵どもの到着が遅れているらしいが、それだけだ」
何でもないように肩を竦めたコウから目を離して、ミツルは辺りを観察した。
未だに帝都からは続々と人馬の群れが押し寄せており、街を包囲する輪はさらに厚みを増している。
「……大した装備だな。あんなもん使って、何するつもりなんだ」
巨大な鉄塊を引きずる馬車を眺めながら、ミツルは呆れたように息を吐いた。それはどう考えてみても、この街を焼け野原にする以外の使い道がないものだった。
そんな彼に、コウが肩に掛けた小銃を見せびらかすように上半身を捻る。
「へへへ……見ろよ、こいつを。最新の連発式だぜ」
「はしゃぐなよ、みっともない」
嬉しそうに笑う彼に咎めるような声を掛けてから、ミツルは改めて周囲に目をやった。
はしゃいでいるのはコウだけではない。そこかしこから聞こえる弾んだ声や、笑い合っている兵士たち。これから命懸けの戦いが起こるかもしれないこの場所に響くには、あまりにも似つかわしくない陽気な喧噪。
この場にいる誰も彼もが浮かれている。
理由は聞くまでもなかった。ミツルは楽しそうに小銃の機関部を弄っているコウの背後にある大天幕を見つめた。
そこに、すべての答えがあった。
もう一度、木花サクヤの下で戦えるというその事実が、彼らを浮足立たせているのだ。
堪えきれない何かを吐き出すように、ミツルは長く、静かに息を吐いた。
分かっている。サクヤがそんなことを望んでいないのは。
彼女はこの期に及んでもまだ、どうにかして戦いを回避しようとしているに違いない。
それが痛いほどに分かるとともに、ミツルにはサクヤが何故、この任務を受けたのかも分かっていた。
あれほど、戦いを忌避していたサクヤが何故、この征討任務を受けたのか。
もしも彼女が拒否したとしても、議会は第1151開拓村の鎮圧を断行しただろう。
例の告発文から、彼らはもうこれ以上ないほどに七倉ヤトとその一党をこの世から排除する決意を固めてしまっていた。サクヤが任務を拒否したところで、誰かしら適当な者に任務を命じ、そして元587連隊の指揮権を与えたに違いない。
きっと。サクヤはその責任を放棄できなかったのだ。
つまり俺たちは人質だ。
苦虫を噛み潰すような顔で、ミツルは思った。
そこで戦い、傷つき、そして失うかもしれない俺たちの命の責任を、他の誰にも押し付けないために、サクヤはこの任務を受けたのだ。
そんなことは分かっている。
分かっているんだ。
――けれど。
ミツルは恥じるように目を閉じた。
隣ではコウが子供のようにはしゃぎ続けている。周りでは誰も彼もが浮かれている。
その中で。ミツルは自分もまた、彼らの例外ではないことを自覚していた。




