001
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未明から明け方にかけて降り積もった雪で、帝都は白く染まっていた。
千年桜の丘もまた、染料を一切使わずに焼き上げた陶器のような無垢に覆われている。
雪化粧を纏った千年桜が見下ろす帝都の街は凍りついたように静かだった。
野良仕事で荒れた肌のような雲模様の切れ目から陽光が差しだすと、朝餉の支度を始めたらしい家々から細々とした煙が立ち始める。その熱を受けて、軒に積もった雪が溶けだす音さえも聞えてきそうな、冬の早朝の帝都。
しかし。そんな雪の日の静けさも、帝都の中だけの話である。
街の周囲に広がっている、いや、広がっていた雪原はすでに、散々に踏み荒らされていた。
多数の往来によって踏みしだかれ、黒くぬかるんだ筋が帝都と、その南西にある相霞台練兵場を結び、やがてまっすぐと北西へと伸びている。
その先には、雪冠を戴く飛禅連山の、勇壮な山並みがあった。
一面の銀世界を、帝都守備隊第五中隊は徒歩で行軍していた。
足元はすっかりぬかるんでいて、時折、泥に足をとられた兵が悪態をつきながらそれを引き抜いている。
そんな彼らの脇を、数台の馬車が駆け抜けていった。
「ねえ、中隊長殿ー、どうして我々は徒歩で移動しているんですかー?」
泥を跳ね飛ばしながら走り去る馬車を羨ましそうに見送っていた兵の一人が、隊列の先頭へ向けて大声で問いかけた。それを皮切りに、次々と兵たちから不平と不満の声が挙がり始める。
「そうですよ。しかも、よりによってこんな日に」
「ほかの中隊はみんな、馬車を使ってますよ?」
「どうせ榛名大尉が言い出したんでしょ」
「いや、あの人なら走らせるだろ」
「そういや、その榛名大尉は何処に行ったんだ?」
「大尉は馬車で先に行ったってさ」
「うわ、ずるー」
「ねー、ちゅうたいちょーどのー? なんで我々だけ徒歩なんですかー?」
「うるさいぞ。無駄口叩くな」
口々に、好き勝手言い出した彼らへ、ミツルが厳しい顔で振り返った。
「まったく。黙って歩けんのか貴様らは。大体、さっきから聞いていればなんだ。他の中隊は馬車を使っている? だからどうした。俺たちは帝国神兵だ。帝国神兵たる者、常在戦場の心構えをだな……」
「自分が乗り物苦手なだけでしょ」
それっぽい言葉をくどくどと並べ立てる彼に、誰かがぼそりと零す。
「え? そんな理由で俺たち歩かされてるんですか?」
ミツルが何か反論するよりも早く、別の誰かがそれに食いついた。
「大陸から帰ってくるときも、復員船に乗るのが嫌だってゴネてたくらいだからな」
「あー、そう言えば。最後には泳いで帰るって言いだしてましたね」
「本気ですかそれ?」
「そうだぞ。しかも、部下も全員そうするとか司令部に進言してさぁ……木花連隊長の説得にも耳を貸さなくて、延槻中尉がいなけりゃ、本当にそうしてたかもな」
「黙って歩けと言っているだろうが」
仮にも上官である自分のことを、本人の前で臆することもなく口に出す兵たちへ、ミツルは半分諦めたように息を吐いた。
とはいっても、黙れと言われて黙るような従順な連中でもない。いい加減、黙々と歩き続けることに飽き飽きしていた彼らは、一度開けた口を中々閉じようとはしなかった。
「あ! また馬車が来ますよ! もうあれに乗せてもらいましょうよ、中隊長!」
「馬鹿もん。目的地はもうすぐそこだ。今さら乗っかっていったところで、すぐに降ろされるのがオチだぞ」
隊列を追いかけるようにやってくる数台の馬車列を指さして期待の声を出した兵に、ミツルはもう山肌を見てとることができるほど近くにある飛禅連山の山並みを示しながら答えた。
「そもそも、何だって、そんなにどいつもこいつも馬車に乗りたがるんだ。あんなの、ただの揺れる箱だろうが」
「はいはい。流石は歩く軍神ですね」
下らないやり取りを続けながら第1151開拓村へ向かう第五中隊が、街までの最後の丘を登り終えた時。
隊列の中から、何人かの兵がひゅーと口笛を吹いた。
そこには、彼らにとっては見慣れた、そして懐かしい光景が広がっていたからだった。
飛禅連山の麓、山々に抱かれるようにして広がる第1151開拓村は今、鉄と人馬の群れによって完全に包囲されていた。




