009
「識防、お前……」
ソウジは絶句していた。
シュンが何を考えているのか。それを理解できたからだった。
「あいつに、天下を獲れとでも……?」
正気を疑うように、彼は訊いた。
「そうだよ」
シュンはあっさりと頷いた。
「軍内部にも少なからず、サクヤを恨んでいる連中がいる。この告発文のおかげで、そんな奴らが纏めていなくなるんだ。そうなれば、どうなる? 帝都に残るのはあの子に従いたい連中か、あの子を従わせたい連中になる。そうなれば……」
「やめてくれ」
それ以上聞きたくないと、ソウジは彼を止めた。
「馬鹿馬鹿しい」
「ああ。馬鹿馬鹿しいさ」
吐き捨てるように言い返した彼へ、シュンも似たような声で頷いた。
「でも、これが一番現実的な方法なんだ」
「まるで幕閥時代の台詞だな」
軽蔑するようにソウジが言った。
「君がどう思うかは勝手だけれど。状況はもう、行き着くところまで行きついてしまった」
「どういう意味だ」
含むようなシュンの言い方に、ソウジは聞き返す。
シュンは憐れむような目を彼に向けていた。
「サクヤが任務を引き受けた。すでに、作戦に投入する戦力について、参謀総長と話し合っている」
しばらく、ソウジは放心したように固まっていた。
シュンの口にした言葉が自分の知っている言語であることを理解するのを、脳が拒否していた。
「何故……」
やがて、彼は右手で顔を覆いながら訊いた。
「何故、俺には知らされていない」
「分かるだろう?」
途方に暮れた彼の声に、シュンは慰めるように応じた。
「君には、蚊帳の外にいてもらいたいのさ」
「どうして……」
呟いて、ソウジは天井を仰いだ。
口にしたのは、なぜ自分を除け者にしたのかという疑問ではない。
サクヤがどうして、任務を受けたのかという疑問だった。
あれほど頑なに、任務を拒否していたのに。
あれほど頑なに、戦いを忌避していたのに。
どうして。脅されたのか。それとも、何か取引を持ち掛けられて――?
ソウジの自問に答えたのは、シュンの暗い声だった。
「サクヤは任務を受けたんじゃない。彼らからの挑戦を受けたんだよ」
その声に、ソウジはゆっくりと彼へ視線を向けた。彼は手にしていた告発文を見つめていた。その眼鏡には、木花サクヤという文字列が映っている。
「あの街に今集まっているのは、戦争に取り残された亡霊たちだ。平和に馴染めず、受け入れられず、戦うことでしか生きてゆく術を知らない亡者たち。そんな彼が、わざわざサクヤを名指ししたんだ。これは明確な宣戦布告だよ」
書面をソウジに向けて、彼は言った。
「つまり、彼らはこう言っているのさ。戦争を終わらせたあの子に、自分たちの戦いも終わらせてみせろと」
「つまり、自殺志願者の集まりか」
罵るようにソウジは言った。
「下らない。どうしてそんな下らないことに、あいつが付き合ってやらなければならない」
「下らなくない戦争が、この世に無いからさ」
真理を説くようにシュンが答えた。そして、静かな声で付け加える。
「……だから。あの子が止めなくちゃいけないんだ」
「畜生」
ソウジは呻いた。
それは責任とか、義務とかいうものか。
下らない。何もかもが下らない。
終わらせたのならば、最後まで責任を取れ?
馬鹿馬鹿しい。
そんなもの、この世にありはしないのに。
どうしてあいつは、いつも一人で背負いこもうとするんだ。




