003
「大尉……」
どうにか息を吸い込んで、ヒスイは彼を呼んだ。
「戦争はもう、終わったのです」
重大な過ちを正すように、彼女は言った。しかし。
「終わった?」
返ってきたのは、恐ろしいほどに空虚な声だった。
「いいや、終わってなどいません」
淡々と。怒るでもなく、嘆くでもない。ただただ虚ろな、まるで亡霊のような表情でヤトは答えた。
「終わったのは彼女の戦争だ。僕らのではない。勝手に終わらされて堪るものか。貴女も言っていたじゃないか。僕らは生きる術ではなく、殺すための術しか知らないのだと」
それは敵に対してのみならず、己に対しても同じなのだと。彼はそう言っていた。
「そんな」
ヒスイは必至に首を振って、彼の言葉を否定した。
何故、議会での自分の発言を彼が知っているのかなどと、今さら疑問には思わない。それを聞いたところで、意味のある答えが返ってくるとも思えなかった。
だから、彼女は懸命に言葉を探した。
彼らは何か、決定的な思い違いをしているのだと伝えるための。
「それしか知らないが故に、そうするしかないなど。そんなことは」
「もちろん、そうなのでしょう」
懇願するような彼女の声に、しかしヤトは驚くほどあっさりと首を縦に振った。
「田畑を耕し、食料を増産し、街を再建し、国家を復興して平和を謳歌する。そんな生き方もあるのでしょう。たとえ、今は苦しくとも、いつか必ず、報われる日が来ると信じて。けれど」
そこで言葉を切った彼は、背後に並ぶ兵士たちへ振り向いた。何かを確かめるように彼らを見つめる。そんなヤトへ、兵士たちは同意するような苦笑と、諦めたような頷きで応えた。
「けれどね、織館さん」
再び、ヤトがヒスイに向き直る。
そして、いつものように覇気のない笑みを浮かべながら。
何でもないことのように、彼は言った。
「けれど、そんなものはまっぴらなんですよ。僕らは」
平和も。戦いのない日々も。壊すばかりではなく、何かを作り上げる日常も。
そんな何もかもが真っ平御免なのだと言って、ヤトは軍帽を脱いだ。
「だから僕らは貴女に感謝している。織館ヒスイさん」
そう言った彼の背後で、兵士たちが立ち尽くすヒスイへ向けて一斉に捧げ筒の態勢をとった。
「彼女のおかげで、僕たちは敵を。そして貴女のおかげで、僕たちは大義名分を手に入れた。これでまた、僕らはあの夢の続きを見に征ける」
だから、ありがとう。
その言葉とともに、七倉ヤトは最大級の感謝を込めて、織館ヒスイへ腰を折った。
「……すべては貴方の計画通りというわけですか」
諦めすら通り越した声音で、ヒスイは訊いた。
「もちろん」
彼は顔を上げて、にこりと笑った。
「そして、これからも。ご安心ください。僕はこう見えても、任された任務の目的を達成できなかったことなど、一度たりともないのです」




