002
敷島少尉とは街の入口で別れ、ヤトは通りを奥へと進んだ。
それに無言で従っていたヒスイだが、街の中心に当たる屋敷の前まで来たところで意を決したように、彼の背中を呼びとめた。
「七倉大尉」
無言で、ヤトが足を止めた。
「彼は」
「仕方がありません」
ヒスイが何を聞こうとしたのか分かっているように、振り返りながら彼は答えた。
「人手が足らない。使える者は使わなければ。たとえそれが何であっても。たとえそれが、誰であっても」
決めつけるようなその言葉は。
「それは戦争の論理です」
非難するように、ヒスイが言い返す。
「あなたは、戦いになると思っているのですか。昨夜の一件で、議会が軍を動かすとでも……」
「たとえ議会が黙っていたとしても、軍は勝手に動きますよ」
議論を放り投げるような声で、ヤトが断言した。
「忘れたのですか? 是非はともかくとして、我々は現役の陸軍将校を手に掛けてしまったのです」
その意味が理解できないほど、ヒスイも馬鹿ではない。
「話し合いの時期は過ぎ去った。いや、とうに過ぎていたとみるべきですね。自分が昨晩、どんな目に遭わされたのかをもうお忘れですか。貴女の望むやり方では、もうこの国は変えられない」
何も言えないでいるヒスイに、彼はいつものような締まりのない笑みを向けると言った。
「議会は十中八九、軍を動かすでしょう。それ以外に物事を解決する方法を知らないからです。そして、ならば。僕らもまた、それに応じる手段をこれ以外に知らない」
どうしようもなく、取り返しがつかないのだと言うように、口の端を吊り上げながら、ヤトが両腕を大きく広げる。
その動きに応じるように、彼の背後にある屋敷から兵士の一団が姿を現した。
小銃を肩に掛けて、歩調をとってやってきた彼らは、腕を広げたままのヤトの後ろに整列した。
「大尉殿。準備万端、整いました」
兵士たちの先頭に立っていた大男、駒塚が耳打ちするようにヤトへ屈みこんで報告する。その彼もまた、完全軍装の出で立ちだった。
「うん」
ヤトは当然のような態度でそれに応じた。
「例の件は?」
「抜かりなく」
「ご苦労、曹長。明日の朝には、帝都中が大騒ぎだろうな」
駒塚の返答を聞いて、喉を低く鳴らしたヤトへ。
「七倉大尉、これ以上、何を企んでいるのですか」
我を取り戻したように、ヒスイが訊いた。
「ああ。それは……」
もったいぶるように駒塚と目配せをしたあとで、ヤトは悪戯を白状する子供のような笑みを彼女へ向けた。
「あなたは……」
全てを聞き終えたヒスイは、絶句していた。
「あなたたちは、最初から、このつもりで……?」
七倉ヤトと、その背後に並ぶ兵士たちに、信じられないものを見ているような目を向けながら彼女は喘いだ。
「女子供を含む非戦闘員については、山に設けた避難所へと退避してもらっています。織館さん、貴女も当分、そこで大人しくしていてもらいますよ」
驚きと衝撃、そして焦燥で顔を青白くさせているヒスイなど意にも介さず、他人事のような口調でヤトが言う。
「そこまでして、戦いたいのですか……」
呻くような彼女の言葉に。
「今さら、何を言っているのですか」
ヤトが失笑のようなものを漏らした。
「自分が大陸でなんと呼ばれていたのか、ご存じでしょう?」
問い返す彼の口元には、その渾名に相応しい狂気の笑みが浮かんでいた。




