001
「これは……」
一晩中、馬車で揺られ続けて、ようやく第1151開拓村へと帰ってきた織館ヒスイは、その光景に息を呑んだ。
「七倉大尉……これはいったい?」
周囲をぐるりと石の壁で囲まれた、変わり果てた街を前に彼女が茫然と尋ねる。
「見ての通りですが」
それにヤトは肩を竦めるような声で答えた。
「万一に備えているだけですよ」
白々しく言って、彼はヒスイの横を通り過ぎて、街の入口へと向かった。
入口は木材を組み合わせた柵のようなもので塞がれている。柵の左右には小銃を手にした開拓部隊の兵士が歩哨に立っていた。
ヒスイは何か、悪い夢でも見ているような顔で彼の後を追った。
辺りに目を向けると、開墾した田畑の間に掘られている用水路の縁に沿って、土嚢が積みあげられていることに気がついた。土嚢の向こう、用水路の中では、今も何かの作業をしているらしい者たちの頭部が蠢いていた。
「お帰りなさい、大尉殿」
ヤトが街に近づくと、入り口を塞ぐ柵の奥から作業服姿の青年が顔を出した。
「ああ、それに織館さんも。ご無事でよかった」
二人を出迎えながら、彼は柵をずらして彼らを街の中へと招き入れる。
その青年は、ヒスイにも見覚えがあった。
この開拓村に早くから開拓民としてやってきた人物で、青年と呼ぶよりも、未だ少年と言った方が正しい年齢のはずだ。かつては大陸で七倉ヤトの部下だったというが、終戦とともに軍役の下限年齢が引き上げられたため、復員後は退役している。はずなのだが。
「首尾は如何でしたか、大尉殿?」
ヤトにそう尋ねる彼の態度は、軍人そのものだった。
「上々だよ、敷島少尉」
そして答えるヤトもまた、彼を軍人として扱っている。
ヤトの答えを聞いた敷島は、嬉しそうに歯を見せて笑った。
「ご命令通り、路地はあらかた塞ぎました。家屋の補強もまあ、十分でしょう。塹壕の方は最後まで作業を続けさせます」
報告しながら、敷島は通りの奥へ向けて手を伸ばした。その先へ、ヒスイも目を向ける。
彼の言葉通り、いくつかの路地が積み上げた土嚢で塞がれ、道に面している家屋の戸や窓には木材が打ち付けられていた。さらに道には、入り口を塞いでいるのと同じ柵が左右に一定の間隔をあけて置かれている。
「ご苦労」
まるで嵐の到来にでも備えているような通りの光景に、ヤトは満足そうに頷いた。
「別に、壕もそこまで徹底しなくていい。最低限、泥に足をとられないようになっていれば十分だ」
「了解です」
さっと答えてから、敷島は思い出したようにヤトへ訊いた。
「ところで、迫撃砲は街の中に置いたままでよろしいのですか?」
疑問をぶつけるようなその言い方に、ヤトがにやりとする。
「なにか考えがあるようだ」
「山に隠してはどうでしょう」
切り込むように、敷島が言った。
「反撃を受ける機会も減りますし、それに高低差を利用して、射程を伸ばせるかもしれません」
「なるほど」
ヤトはいい案だと柔らかく頷いた。それから、含むような笑みを敷島に向けて訊き返す。
「ただし、砲兵の真似事をして、敵の頭上に弾を落とす自信があるか?」
「皆目ありませんね」
そう指摘されることは予想済みだったのか。敷島はおどけたように肩を竦めて答える。
「では。当初の予定通りにしておこう」
ますます面白がるような顔でヤトは言った。
「どの道、迫撃砲は七門しかないのだ。砲弾も潤沢とは言い難い。虚仮脅しか、嫌がらせ程度の役に立ってくれればそれでいい」
「ま、そりゃそうですね」
敷島もまた、楽しんでいるような声音で彼に応じた。




