004
それは第一教導連隊に着任して、三ヶ月ほど経った頃だろうか。
ある日、付近にある友軍が敵襲を受けて、窮地に陥っているとの一報が連隊に届けられた。
本来なら、教導部隊は後進の育成が第一の任務であるため戦闘に投入されることはない。けれど、この時は事態が急を要したことと、距離的にも私たちが最も近かったこともあって、連隊は司令部から友軍救出のために出動を命じられた。
すぐさま現地へと急行した第一教導連隊には、最精鋭の将兵に加えて、最新の装備が揃えられているだけあって、友軍救出は難なく成功した。
私はその時、中隊とともに退路の確保を任されていた。
とは言っても、敵はすでに撤退する気配を醸し出していて、あとは本隊救出した友軍とともに戻ってくるのを待つだけという状況だった。
そんな折、私は撤退に手間取っていた敵部隊の指揮所を発見してしまった。
あの時のことを思い返すたびに、何故、私はその時、村雲大佐の指示を仰がなかったのかと、自分の正気を疑っている。
あろうことか。私は独断で、その敵へ強襲を仕掛けたのだ。
敵勢はおよそ一個連隊。こちらはたったの一個中隊。
けれど、相手はまだ私たちの存在に気付いておらず、すぐそこには敵の指揮所がある。
この上ない、絶好の好機。
そう判断して。
連隊着任以来、ずっと私に付けられていた歴戦の曹長がその判断に苦言を呈していた。彼の言葉も聞かずに、私は命じた。
退路の確保を命じられている以上、その周囲にある敵を排除するのは命令違反ではなく、むしろ当然のことと考えていたし、成功させる自信もあった。
ただ、恐怖だけを知らなかった。
かくして、私は敵指揮所を強襲して、壊滅させることに成功した。
いや。正確に言うのならば。
わたしは敵指揮所を、部下に強襲させて、壊滅させた。
命じた通り、歴戦揃いの彼らは手際よく敵の指揮官たちを屠って戻ってきた。
その間。私はただ待っているだけだった。
自らは一切手を汚すことなく。それでいて、部下たちが命懸けで挙げた戦果を、当然のように自分のものであるかのように振舞って。
私は壊滅した敵司令部に火を放つように命じた。それを見て、さらに敵の混乱を煽るのが目的だった。私の命令を耳にした時の、曹長の顔が、忘れられない。
あまりにも無自覚な無能を前に、幾許かの憐憫と、そして何もかもを諦めたような、あの顔が。
私の思惑通り、指揮所から火の手が上がるのを見て敵は大いに動揺していた。中には武器を投げ捨てて走り出す兵までいた。
それを目にした時。多分、その時。私の増上慢は、頂点に達した。
そして直後に、報いを受けた。
一発の砲声が轟いた。
指揮所の壊滅を知って混乱していた敵の砲兵隊が、苦し紛れの一発を私たちへ向けて放ったのだ。
「木花大尉!!」
曹長が私の名を叫んだ。
何が何だかわからないままに、私は地面に引き倒された。その上に彼の大きな身体が覆いかぶさる。
突然の砲声に気が動転していたとはいえ、少し考えれば曹長は我が身を盾にして私を庇おうとしたのだと分かるだろうに。あろうことか、そんな彼を私は怒鳴りつけていた。
「な、なにをするのよ! 上官に向かって……! 処罰されたいの!?」
まったく。本当に、何処までも。救いようのない大馬鹿者だった。
彼を怒鳴りつけた瞬間、近くで砲弾が炸裂した。閃光が目を焼き、きーんと甲高い音が鼓膜を震わせる。後を追ってやってきた衝撃が肺の中に溜まっていた空気を押し出して、私は思わず悲鳴を上げた。
何もかもが一瞬の出来事だった。
爆風が去った後、辺りはやけに静かだった。巻きあげられていた土埃が風に攫われて、晴れてゆく。
「この……! 何時まで上に乗っているつもりよ!」
その中で、私はいつまでも上に乗っている曹長の身体を乱暴に押し退けて立ち上がった。
頭の中は筋違いの怒りで煮えたくっていた。
「上官を地べたに這わせるなんて、貴方……!」
感情のままに、彼を怒鳴りつけようとした私の前で。
曹長は。
曹長の。
下半身が
なかった。
「ひ……」
茫然と後ずさる私に、彼が酸欠の鯉のように口をぱくぱくさせながら、手を伸ばした。何かを伝えようとしているようだった。それなのに、私はそんな彼から、さらに距離を取った。
腰元から下の無くなった曹長の、下腹部から溢れ出している臓物と、桶をひっくり返したような大量の血液から立ち上る臭いが鼻腔に満ちて、胃の底から酸っぱいものがこみあげた。
やがて、曹長の頭が脱力し、地面に転がった。
初めて目の当たりにする、人間の死体。見開いたまま、何も映していない曹長の瞳。その不気味さに。その死にざまの、あまりの惨さに。
ようやく。その時になって、本当にようやく。
愚かな私は思い知ったのだ。
自分たちがしているのは、殺し合いなのだという、当たり前の事実を。
そして、その為の計画を嬉々として練っていた先ほどまでの自分を思い出す。
曹長への罪悪感と、胸を焦がすような自己嫌悪。そして、恐怖が頭の中をいっぱいにして。
私はその場で吐いてしまった。その後のことは、憶えていない。




