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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
幕間 ~戦火の思い出、第一教導連隊~
134/205

002

 偵察隊から敵襲の一報が届けられると、連隊長は直ちに指揮官集合をかけた。補佐ではあるけれど、一応幕僚だった私も指揮所の天幕へ急いだ。

 天幕へ入ると、連隊長と先任の幕僚たちが怖い顔をしながら、周辺の地形図を広げた机を囲んでいた。ちょうど、偵察隊の隊長が状況を報告しているところで、私は天幕の隅にそっと立ったまま、それに耳を傾けた。


 偵察隊の報告によれば、敵は北方連邦軍とのことだった。

 北方連邦軍は簡単に言ってしまえば、数の暴力を体現したかのような軍隊だ。

 広大な国土から集められた大量の兵士と、膨大な火砲を一点に集中させて、正面から敵を圧倒する。そんな戦い方が得意だった。

 けれど、偵察隊長の説明を聞いている内に、どうにもこの時は事情が異なるように感じた。

 もしかしたならば、この遭遇戦は敵にとっても予期していなかった事態なのではないか。

 敵の狙いについて、あれこれ予想しあっている先任幕僚たちの言い合いを聞きながら、そんな思いつきをぼそりと零した私に、天幕中の視線が集中した。


「何故、そう思う」

 尋ねたのは連隊長だった。

 まだ若く、三十も超えていないだろうこの連隊長はいつも自信のなさそうな、曖昧な笑みを浮かべている人物で、この時も言い争う幕僚たちの中に入っていけず、困ったように手を組んでいるばかりだった。

 その連隊長から声を掛けられた私に、先任幕僚たちが一斉に鬱陶しそうな顔を向けていた。

「ええと……」

 新米がしゃしゃり出るなとでも言いたげなその視線に怯みつつ、私は口を開いた。

 どんなに頼り無かろうが、連隊長から質問されて無視するわけにいかない。

「偵察隊の報告によると、前方の敵部隊は丘の稜線を盾に、伏撃してきたんですよね。そして、敵の規模はどう多く見積もっても、一個か二個大隊程度だと。これは、確かですか」

 そう確認した私に、偵察隊の隊長は酷く不愉快そうに顔を顰めながら頷いた。

 彼は連隊の情報幕僚も兼任していた。その自分が持ち帰った情報を、私のような新人に疑われて面白くなかったのかもしれない。

「この敵が取っているのは、典型的な遅滞防御の形です。大多数、大火力で敵を包囲殲滅することを好む連邦軍らしくありません。この程度の少数で行動していたこと、そして恐らくは火砲をほとんど有していないことから、この敵は戦闘を目的にしていたわけではないのだと予想できます」

「火砲が無いと、何故言い切れるのだ」

 偵察隊隊長の視線に内心で怯えながら説明を続けた私に、彼が責めるように訊いた。

「あの……」

「なんだ。早く答えろ、木花少尉」

 返答を濁した私に、偵察隊隊長が苛々と言う。

「この敵が、もしも十分な火砲を有しているのであれば、偵察隊をやり過ごしたはずです。火砲の射程内に連隊の主力が入り込むのを待ってから攻撃を加えれば、一撃で事足りたはずですから」

 私の答えを聞いた途端、偵察隊隊長は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。

 なんとなく申し訳ない気分になった私は、連隊長たちが囲んでいる地形図へ目を落とす。

「つまり、あの」

 そして、居心地の悪さをはぐらかすように先を続けた。

「伏撃という手段を選択したことからも、この敵は十分な戦力を持っていないことが分かります。にも関わらず、彼らは連隊の進路を阻む形で布陣している。戦うつもりはなかったけれど、遭遇してしまった以上、私たちを無視することもできない……そのような印象を受けます」

 そこで言葉を切って、私は連隊長へ顔を向けた。


「なるほど……しかし、何故こんな場所に敵が? 彼らは何をしていたのだ」

 先ほどから、しきりに感心した様子で私の意見を聞いていた彼が、そこでそんな分かりきったことを自問するように呟いていた。

「あの、これはあくまでも憶測ですが……」

 なんでこの人が連隊長なのだろうかという疑問は脇に置いて、私は言った。

「連邦軍は、この先に大規模な砲兵陣地か、それに準ずる拠点を構築中なのではないでしょうか。そのための地形偵察か、警戒線を敷いていた最中に、私たちが来てしまった」

 答えつつ、私は地形図にそっと指を添わせた。

 私たちの進む先には、なだらかな丘陵地帯が広がっていて、砲兵陣地や観測所、集積場を設置するには格好の地形であり、そうだからこそ、連隊はその場所の確保を命じられていたのだ。ここを確保できれば、帝国軍はこの戦場における前線を大きく前進させることができる。そしてもちろん、それは敵もまた同じ。

「つまり、敵も味方も、考えることは同じだったわけですね」

 最後にそっと付け加えた一言で、連隊長はようやく得心がいった様子だった。もしかすれば、ここでようやく自分たちに命じられていた任務の意味を理解したのかもしれない。

「連隊長、私たちは、すぐに動くべきだと思います」

 そんな彼へ、私はすかさず言った。

「この敵の狙いが遅滞防御であれば、彼らは援軍の到着を待っているということになります。恐らく、この敵は今後、前方にある丘を中心に連隊の右翼側へ回り込もうとするでしょう。退路を断たれるかもしれないという危惧を抱かせて、私たちの動きを鈍くするために。であるならば、このまま前進して……」

 敵がどう動くか分かるなら、あとはそれに対応して動けばいい。

 意見を最後まで言い切った時。私はそこで、連隊長たちから向けられている視線に気が付いた。

 幕僚たちの目からは、先ほどまでの侮るような色が失せ、何か異質なものを見ているかのような感情が浮かんでいた。

「君は……どうして、そこまで断言できるのだ」

 彼らを代表するように、連隊長が私に訊いた。

「あの……」

 何故と訊かれて、私は困ったように応じた。

「私なら、そうすると思います」

 答えた私に、連隊長だけではなく。幕僚からも変なものを見るような目を向けられた。

 その理由が、その時は理解できなかった。

 こんなものは、士官学校で散々やってきた机上演習と何も変わらない。当時の私は本気でそう思っていたからだ。

 盤上で動かしているものが何なのかなど、考えてすらいなかった。


 結果だけ言ってしまえば。

 全ては私の言う通りになった。私が人生で初めて経験した戦いは勝利で終わった。

 圧勝というおつりもついた。

 連隊は任務を完遂し、軍の前線を伸ばすことに大きく貢献した。

 その日のうちに私は中尉になった。役職からは補佐の二文字が消えた。


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