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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第三章 秋(前) 決別
132/205

018

 全てを吐き出して塞ぎこんでしまったサクヤを前に、ソウジは茫然と立ちすくんでいた。

 部屋には、小さな啜り泣きだけが響いている。それでも懸命に嗚咽を漏らさぬよう、肩を震わせるサクヤの姿はどこまでも痛々しかった。

 まさか、これほど。

 そんな思いが、ソウジの頭に過ぎる。

 まさか? 何を言っているんだ?

 すかさず、心のどこかで誰かが聞き返した。

 途端に、ハッとする。

 そうだ。

 そうだった。

 大戦を終わらせた天才作戦家だろうが。救国の英雄だろうが。

 どんなに立派な肩書がついたところで、この子はサクヤじゃないか。

 泣き虫で、臆病で、意地っ張りで。何時だって俺たちの背中に隠れていた、小さな女の子じゃないか。

 だから俺たちは、あんなにも躍起になってこの子を守ろうとしたんじゃないのか。

 戦場で再会した時、戦争を終わらせると告げられてからもずっと。本当は、怖くて堪らないのだと分かっていたから。

 それが。

 大馬鹿野郎だ、俺は。

 何かを殴りつけたくなる衝動を辛うじて抑え込んで、ソウジは歯を食いしばった。

 そんな当たり前のことを忘れていた自分が、許しがたい愚物に思えてくる。

 そうだ。そうだった。どんなに気丈に振舞っていても。

 戦争を終わらせるためとは言え、このサクヤがあんなこと(・・・・・)をして、平気でいられるはずが無かったんだ。


「分かった」

 何かを決断したように、ソウジが静かに言った。

「済まなかった、木花」

 膝を抱えながら嗚咽を漏らすサクヤにそう詫びる。そして。

「この任務、お前は受けなくていい。俺がどうにかする。だから、安心しろ」

 彼は精一杯の虚勢とともに、きっと彼女がいま最も望んでいるはずの一言を口にした。そして、驚いたサクヤが顔をあげるよりも前に、部屋を出て行ってしまう。


 言ってしまえば覚悟が決まる。

 なんだ。こんな簡単なことだったのかと、廊下に出たソウジは息を吐いた。

 そもそも。サクヤの監督権を取り上げられた時点で、自分にはもう誰に忖度する理由もなくなっているじゃないかと気が付いた。

 例え、この先にどんな結末が待っていたとしても。彼が足を止める理由は何一つない。

 上等だ。この国だろうが、議会だろうが、陸軍だろうが。

 二度と、アイツを戦場になど立たせるものか。

 自殺者の心境にも似た清々しさとともに、彼は参謀本部の白い廊下を足早に駆け抜けた。


 ソウジが去っていった後。

 どんどん暗くなってゆく部屋の中で、サクヤは本心したように壁にもたれ掛かっていた。

 俺がどうにかする。

 きっと、あの時。自分が一番聞きたくて、聞きたくなかった彼の一言を思い出す。

 どうにかするとは、どうするのだろうか。分からない。

 なにも分からなくて、涙が零れた。

 ただきっと、ソウジは自分を犠牲にしようとしているのだということだけは、なんとなく理解していた。

 ああ、また迷惑をかけてしまった。そんな自己嫌悪で頭の中がいっぱいになる。

 けれど。あの大尉は。七倉ヤトは。戦いを前にして、それを避けるような人物では決してない。議会が武力をもって事態の解決に乗り出したと知れば、嬉々としてそれに応じるだろう。

 そして、サクヤにも分かっているのだ。

 もうどうにもならないことくらい。何時だってそうだった。軍人である以上、上の決定に逆らうことなどできない。戦争が終わっても、それだけは変わることがないのだ。

 上が戦い事を決定した以上、もしもサクヤがこの任務を拒否したところで、誰かが代わりに戦わねばならない。

 それを、嫌というほどに分かっていながら。

「もうやだ……やだよぅ……」

 真っ暗になった部屋の中、涙にぬれた声が響く。

「助けて……村雲大佐……」

 帝国陸軍少佐、天才作戦家、戦争を終わらせた英雄。本当はただの臆病で泣き虫な女の子。

 木花サクヤは、もうこの世のどこにもいない上官に縋って泣いた。



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