017
反論すら許されないまま、サクヤは参謀本部の一室に放り込まれた。
「本来ならば、営倉にでも入れておきたいところだが。君は何かと目立つ。ここで一晩、よく考えるように。明日の朝、また返事を聞きにくる」
去り際、彼女の新しい監督者はそう言い残していった。
サクヤが放り込まれたのは参謀本部の課員たちが仮眠室として使っている部屋だった。
外から錠のかけられる音が響き、独りきりになったサクヤは狭い室内を振り返った。左右の壁際に寝台が置かれているだけの、殺風景な部屋だった。一つだけある小さな窓からは、西日が差し込んでいて、白い練石の壁を淡い山吹色に染めている。
世界中から取り残されたような気分のまま、サクヤは寝台の片方に腰かけた。使い古された中バネが彼女を叱るように軋む。
うるさい。
そんなことを想いながら、サクヤは寝台に仰向けに倒れ込んだ。
何もかもが億劫になってゆく。思考を放棄するように、彼女が瞼を閉じた時だった。
「木花」
自分を呼ぶ声が部屋の外から聞こえた。声はソウジのものだ。
おもむろに首だけを持ち上げて、サクヤは「どうぞ」と返事をした。
部屋に入ったソウジは、寝台の上で寝ころんでいるサクヤを見て少し顔を顰めた。
しかし、すぐに自分がやってきた理由を思い出して口を開く。
「木花、あのな」
「嫌よ」
間髪入れずに、サクヤは彼を遮った。
「任務は受けない。何を言われても、何をされても」
「分かっている」
固い決意に満ちた彼女の声に、ソウジは同意するように頷いた。それでも、食い下がるように言葉を重ねる。
「お前の気持ちは分かっている。だが、話を聞いていれば、お前でも分かるだろう。もう、軍は俺たちの思っているようなものじゃない。軍法会議に掛けられればどうなるか……」
最後まで口にするのも憚られて、彼は言葉を濁した。
もしも有罪になれば。その先は北道の開拓労働場か、或いはどこかの炭鉱か。今の帝国で罪人が行き着く先は、そのどちらかだ。国家存続のためとはいえ、あまりにも非道なその現実に。
「ふぅん」
しかしサクヤは寝ころんだまま彼に背を向けて、何処までも他人事のような声でそれに答えた。
「木花」
縋るようにソウジが彼女を呼んだ。
「いやよ」
取り付く島もない返答が返ってくる。構わずに、ソウジは説得を続けようとした。
「何も任務を受けたからって確実に戦闘になると決まったわけじゃない。要は、七倉ヤトの身柄を拘束できればいいのだから、幾らでもやりようは――」
そこまでだった。
「いや、いや、いやっ!!」
ソウジが最後まで言い切る前に、サクヤが突然、叫び声をあげた。
彼女はそのまま身体を起こすと、ソウジから逃げるようにして寝台の上を後ろ向きに這う。その背中が寝台の接している壁にぶつかると、サクヤは両手で耳を塞ぎながら、頭を何度も振り回した。
「もう何も聞きたくない! もう嫌! もうたくさん!」
これまで堪え続けてきた何もかもを吐き出すように、彼女は喚いた。
「御国の一大事? このままじゃ国が亡びる? だから何だって言うの!! 私はもう、もう、戦争は終わったのに……どうしてみんな、みんな……!」
最後まで言葉にできず、歯を食いしばるような息がサクヤの口から漏れる。
「このはな……」
突然の豹変に、ソウジは茫然として彼女を呼んだ。一瞬、放心したように弛緩したサクヤの瞳が彼を捉えた。
「私がいったい、どれだけ殺したと思っているの?」
ぽつりと、彼女が言った。
「私がいったい、どれだけ死なせたと思っているの?」
血を吐くような問いかけだった。ソウジは何も答えられなかった。
「私はもう、疲れたの」
独白するように漏らされたのは、先ほどまでと打って変わった静かな声。
しかし、それが最後の決壊を知らせる音だった。
「もう、何もしたくない。何もせず、このまま。なんでもない日々の中でひっそりと消えてしまいたい」
憑かれたように虚空を見つめて、サクヤが口にしたのはこれまでずっと心の奥底に隠していた彼女の本心。
死にたい、などとは言えなかった。
そんな言葉は恐ろしすぎて、口にしただけで身体が竦んでしまうから。
だから、消えたい。消えてしまいたい。
ああ。本当に。どこまでも臆病者だ。私は。
そんな自己嫌悪に襲われて、サクヤは抱えた膝に顔を埋めた。




