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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第三章 秋(前) 決別
130/205

016

 ソウジとサクヤはしばらく言葉を失っていた。

「何を……」

 やがて、掠れた声がソウジの喉から漏れる。

「そんなことを決める権限は、」

「わしにはないと? その通りだ」

 嘲るように笑って、マレミツは机の引き出しから一枚の書類を取り出した。

「これは議会による決定である」

 言って、彼は帝国議会の印が捺されたその紙をソウジに突きつけた。

「そんな馬鹿な」

 呻きながら、ソウジはそれを掴んだ。素早く内容に目を通す。しかし、何度読み返しても、マレミツから告げられた言葉に嘘偽りがないという確認にしかならない。

「何故……」

 ここまでするのかと。誰かを問い詰めたくて堪らなくなる。

 サクヤが不安そうな顔で自分を見上げていることに気付いて、何かを言わなくてはと口を開いた。しかし、どうしても「大丈夫だ」の一言が出てくれない。

 そこへ、背後から扉を叩く音が響いた。


「失礼します、閣下」

 断りの言葉とともに入室してきたのは、型に嵌め込んだような軍服姿の中佐だった。年齢は、ソウジよりも少し若く見える。

「おお、ちょうど良いところに来た」

 やってきた彼を、マレミツが妙に上機嫌な様子で迎えた。自らの横に立たせ、激励するようにその肩を叩く。

 ソウジの記憶にある限り、この上官が部下に対してここまで好意的な態度を示したことはない。不思議に思って、二人を見つめていると。

「少佐。彼が君の新しい監督者になる、荒笠マレツグ中佐だ」

 とっておきの逸品を自慢するような声音で、マレミツがその中佐を紹介した。

「荒笠?」

 問い返すように呟いたのはソウジだった。

「では、彼は閣下の……」

「孫にあたります」

 若き荒笠中佐がそれに答えた。

 その声は酷く平坦で、隣にいる癇癪持ちの血を引いているとはとても思えないほどに表情の乏しい面立ちをしている。

「……なぜ、彼が選ばれたのでしょうか」

 ソウジは辛うじて非礼に当たらない程度の呪いを込めて尋ねた。

「議会がそう決定した」

 マレミツは何一つ恥じることなく、当然のように応じた。

 また議会か。

 吐き捨てるように、ソウジは思った。

 議会、議会。もはや、この国において陸軍上層部と同義になった張りぼての言葉。

「我が荒笠男爵家の家格や、彼のこれまでの功績などを総合的に判断して選ばれたのであろう」

 功績? いま、この国にいる貴族に功績などあるものか。

 孫の肩に手を置きながら言った老大将を、ソウジは心の中で罵った。


「さて。少佐。これでもう、御代中将に泣きつくことはできんぞ。そこでもう一度問うが、任務を受ける気はまだないか」

「はい」

 嫌らしい笑みを浮かべながら尋ねたマレミツに、サクヤはむしろ挑むように答えた。

「中佐」

 マレミツが面白くなさそうに鼻を鳴らして、孫を呼ぶ。

「木花さん」

 荒笠マレツグは、サクヤをそう呼んだ。彼と目が合った瞬間、まるで人形のようだとサクヤは感じた。

「軍における命令系統の重要性について、理解はしているかな」

 やはり感情の伴わない声で、マレツグが尋ねる。

「もちろん。完璧に」

 何を今さらとばかりにサクヤが言い返す。もはや、なるようになれという心境だった。

「ですから。閣下のご命令、ひいては軍の決定について異議を申し上げているのです。軍法会議に掛けるというのなら、どうぞ。私の判断は、軍規に完璧に則ったもののはずです」

「……これは緊急の案件で、御国の将来が掛かっているかもしれない一大事なのだ。多少、規則を外れた、例外的な措置であったとしてもやむを得まい」

 マレツグの口調は、説得するにしては平坦すぎた。サクヤは呆れたように息を吐いた。

「緊急の案件であればこそ、規則に準じるべきだと私は考えるのですが。そもそも、軍とはそうした事態に備えて組織されているわけですから。緊急事態だからといって、例外的な措置をとるなど本末転倒だと思います」

 隣で聞いていたソウジすら、ぐうの音も出ないような正論だった。

 どうやら、サクヤは徹底抗戦するつもりらしい。そう気づいて、彼は端正な面立ちを不安に翳らせた。

 確かに、サクヤの言い分は正しい。しかし、正しさの基準が異なる相手に対して、正論は何の意味もなさない。


「どうしても、命令に従う気はないと」

 平行線をたどるやり取りの後、マレツグは機械的にふっと息を吐いた。頑なな顔で、サクヤが頷く。

「では、仕方がないな」

 諦めたように肩を竦めて、彼は祖父に顔を向けた

「閣下。本部の一室を一晩、お借りできますか」

「構わんが、どうするのだ?」

 椅子に腰を下ろして、葉巻を咥えながらマレミツが訊いた。

「指導です。言うことを聞かない子供には罰を与える。当然の躾でしょう。それに、彼女も一晩考えれば、気が変わるかもしれません」

「待て」

 口を挟んだのはソウジだった。

「いったい、何をするつもりだ」

「貴官は」

 そこに、マレミツの声がのしかかる。

「黙っていたまえ、御代次長。貴官にはもう関係のない話だ」

 突き放すような、命じるようなその口調に、ソウジの喉が悔しそうにぐぅと鳴った。



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