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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第三章 秋(前) 決別
129/205

015

「お断りします」

 薄暗い思考の底から現実へと浮かび上がったソウジの耳に、サクヤのそんな一言が聞こえた。

「なにぃ?」

 歯を食いしばるようなマレミツの唸りがそれに応える。ソウジはぎょっとして、サクヤを見た。そこには決断を下した少女の横顔があった。

「貴様、何を言っているのか、分かって口にしておるんだろうな」

 顔面を不機嫌そのものに歪めて、マレミツが言った。

「上官からの命令に反抗すれば、軍法会議だぞ」

「しかし、そのご命令には正当性がありません」

 脅すように迫る彼へ、サクヤは小さな背を伸ばして応じる。

「私は士官学校の一教官であり、階級も少佐に過ぎません。帝都守備隊の一個連隊を指揮するなどという権限は与えられておらず、よって本任務をお受けする資格が私にはないと判断します」

 軍規という神聖なる鉄の掟は、何人たりとも犯すことができない。

 例え、それが遥か昔に形骸化した者であったとしても。サクヤはまだ、そう信じている。


「御代次長!」

 まったくの正論を述べたサクヤを無視して、マレミツはソウジを怒鳴りつけた。

「これはなんたることか!」

「は……なんと、申されましても」

 弁明を求めているようなその怒号に、ソウジは曖昧に答えた。誤魔化しているわけではなく、自分が何について怒鳴られているのか、本当に分からないからだった。

「これは議会の決定に基づいた、正式の命令なのだ! 議会の決定とは、帝主陛下からの勅令だと考えても良い。それを拒否するとは……貴官はこれまで、木花少佐にどのような指導を行ってきたのか!」

「それは……どういう意味でしょうか」

 困ったように聞き返す彼へ、マレミツが怒鳴った。

「貴官は、木花少佐の監督者であろう!」

 それに、ソウジの表情がさらに困惑に染まる。

 サクヤの上官としてならばともかく、なぜ今、彼女の監督者として責められることがあるのか。

「軍務と、私生活は別ですから……」

 結局、そんな当たり前の言葉を返す。

「ほう?」

 すると、マレミツの両眉が大袈裟な弧を描いた。

「驚いたな。まさか、貴官ほどの人物からそのような言葉を聞く日が来ようとは」

「そう申されましても……」

 ほとほと困り果てた表情で、ソウジは言い返した。

 ここまで会話の読めないことも珍しいなと思っている。

 確かにまぁ。サクヤの日頃の生活態度はやや怠惰と言わざるは得ないが……などと考えている彼に、マレミツが諭すような声で口を開いた。

「良いか。監督者には、被監督者たる未成年者が立派な帝国臣民となれるように指導する義務と責任がある」

 それにはぁと相槌を打っているソウジの横で、サクヤが失笑していた。ほんの数日前に、琥翠堂で目にした出来事を思い出している。

 そんな彼女を横目で睨みつつ、マレミツは続けた。

「帝国臣民としての振舞いが身についておれば、上官の命令に反抗するなどということはありえない。どうやら、貴官はそうした指導を怠っていたようだな」

 どうやら。サクヤが命令に従わないのは、ソウジの責任であると言いたいらしい。

「……そうであれば。今後一層、厳しく指導いたします」

 悔しげに顔を歪めて、ソウジは頭を下げた。サクヤが不可解そうな目で自分を見つめていることに気付いて、情けなくなる。

 確かに、故なき謝罪ではある。だが、頭を下げなければ始まらないのだ。

 たとえ、どちらに非があろうとも、この老人が長い年月をかけて醸造し、肥大化した自尊心はまずもって相手からの謝罪を求める。結果、それが心からの謝罪というものを、より遠ざけることになるとは夢にも思わず。

「もうよい」

 屈辱的な建前の儀式を終えたソウジに、マレミツはちり紙を放るように手を振った。

「貴官の、監督者制度に対する無理解と指導能力の不足はよく分かった。木花少佐がそれに甘えていることもな」

 呆れたような声で、彼は頭を上げたソウジと、その横で終始、このやり取りの意味を理解していない様子のサクヤに告げた。

「以上の理由をもって、貴官を木花サクヤ少佐の監督者から解任する」





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